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稲本響 インタビュー
ピアニスト、稲本響(27)の名前は記憶に深く刻まれている。彼がレコードデビューしたときだったか、具体的なことは忘れたが、ともかく「響」という、いかにも音楽家にふさわしい名前をもった若い才能の登場は印象的だったからだ。同時に音楽家になるべくして生まれついたかのようなその名前になぜか嫉妬したものだった。そんな稲本は現在、単なるピアニストにとどまらない独特の活動に力を注いでいる。演劇とコラボレーションだ。「おそらく欧州にもこういうスタイルはないと思います」という彼に、話を聞いた。
text & photo by ENAK編集長


舞台もライフワークのひとつ
黒いTシャツ姿で現れた稲本はクラシックのピアニストというよりも、役者を目指しながら舞台の裏方をやっている青年のように見えた。

稲本響14年に舞台「海の上のピアニスト」で作曲とピアノ演奏を担当し俳優、市村正親と2人だけで物語を紡ぎ出したのを発端に、舞台と音楽を融合させた活動を「ライフワークのひとつ」として行っている。

映画にもなったこの作品は本来イタリアの戯曲。市村演じるトランペッターが海の上で生まれたというピアニストについて回想する。

「ピアニストの物語だからピアノの生の演奏を入れて、音楽と芝居の両方でピアニストを語ろうということになったそうです。それで僕が音楽を書き下ろして、舞台ではピアノを弾きっぱなし。役者(市村)は話しっぱなし。BGMではなく、さまざまな感情や状況の表現を全部音楽でやる。ピアニスト役でお芝居をするというのとは違うんです。まあグリーグの『「ペールギュント」組曲』などに似ているのかもしれません。」

今年は「ちいさな歳月」(ジョン・マイトン作/青井陽治翻訳・演出)、「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」(エリック=エマニュエル・シュミット作/青井陽治翻訳・演出 31日まで東京・博品館)、さらに「ウェストサイド・ワルツ」(アーネスト・トンプソン作/高瀬久男演出 11月15〜20日 東京・ル テアトル銀座)と舞台の仕事が続く。

「決してそれが専門というわけじゃないんですが、舞台もライフワークのひとつです」

この曲はに君にしか弾けない
この独特の活動の源泉は、ドイツ留学にあるという。すでに5歳でステージデビューを飾っていた稲本は18歳でミュンヘンに音楽留学。ピアノを学びながら同時に欧州で公演もし、成功を収めている。

稲本響「留学中、音楽とは無縁の友人もできましたが、彼らが『なぜ日本人がわざわざドイツまでピアノを学びにくるのか。ドイツの古典音楽を勉強するのか』と尋ねるわけです。それで自分でもその意味について考え始めるようになりました」

そうした友人たちに請われてピアノを演奏して聴かせる機会も多々あったが、彼らは「ベートーベンの楽曲はいつでも聴けるからほかのが聴きたい。日本の楽曲は? 君の自作曲はないのか?」。それで、書きためていた自作曲を披露したら「この曲はまさに君にしか弾けない。その本人に弾いてもらえたのだから、とてもてうれしい」と喜ばれた。

「考えてみたらショパンだろうとだれだろうと、最初は自分で弾くために作曲していたわけですよね。昔は『ベートーベンを聴きにいく』と言ったら、それはベートーベン自身の演奏を聴きにいくことだったと思うんです。以来、僕はせっせと曲を作るようになった。もともとポップスも好きで、自作曲を歌う人がすごく好きでした。ポップスの場合音楽的な巧拙を超えたところで思いやハートが、作者自身の声によって伝わってくる。そこに人間らしい魅力がある」

こうして音楽に対する考え方が変わった。古典曲、既存曲を巧みに表現するピアニストであるだけではなく自作曲によって自身を表現する。一方で作曲をするうちにベートーベンらの古典音楽もより新鮮に感じられるようにもなった。舞台とのコラボレーションは、そうした新しい視点の延長線上にあった。

好きか嫌いかでいい
もっともこうしたやり方は、ガチガチのクラシック派からみれば邪道ではある。

「邪道といえば邪道、でしょうね」

稲本響 実際、自分でもそういう思いがあったから、ドイツ留学中はオリジナルを作りたいという意向は隠し続けた。クラシックのピアニストを目指していると話していた。ドイツでの勉強は理にかなっていたので、きちんと教えてほしいと考えていたからだ。たとえばパリでは「よい演奏をしたければ恋をしなさい」など抽象的な教え方をされたりもするが、ドイツではいかに腕を使うかなどきわめてメカニックなことを教えてくれるからだという。

だが、いよいよドイツを離れるに際して、自分の考えを明かしたら教授らは背中を押してくれ、安堵したという。「君はそのほうがいい。君は君自身をもっているのだから。君がピアノを弾いている意味が分かったよ」と教授は言ってくれた。

「音楽に境界線はない。君がピアノを好きであることに変わりもない。教授はそうおっしやってくれました。ベートーベンやリストも、そうだったのだからと」

そうして今の稲本響がいる。帰国した稲本は12年、クラシックアルバムと自作曲を集めたアルバムなどを同時に出してCDデビューを飾る。

ビアノについての固定観念を変えたいのだという。

「ピアノってだれでも知っている楽器です。そしてタキシードを着て弾くんでしょうねという固定観念をもっている。僕の芝居やコンサートには、そういう固定観念をもった人にきていただいて、そうじゃないんだということを知っていただきたい。サザンオールスターズやB'zのコンサートに行くような人に『あした稲本のコンサートに行くんだ』といってもらえたらいい」

なぜ稲本のコンサートに行くのかと聞かれて「なんとなく好きだから」と答えてもらえたらなおいいとも。

「好きとか嫌いとかいう基準でピアノを聴いてもらえたら。だってサザンのコンサートに行く人の多くは、サザンが好きだから行くわけですよね。あのフレーズがいいとかいったりする人はほとんどいない。好きだから行く。嫌いだから行かない。音楽はそれでいい。ピアノの世界も好き嫌いで判断できるような存在になれば、ドイツの先生がいってくれたようなことを達成できるかなと思っています」

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profile
昭和52年9月10日生まれ
5歳でステージデビュー。父、弟、ともにクラリネット奏者という音楽一家での演奏活動の中で育ち、世界的に著名なアーティストと共演。
高校の音楽科を卒業後、18歳でミュンヘンに留学。ドイツ大手新聞社の「南ドイツ新聞」を始めマスコミからの高い評価を受ける。ソリストとしてのヨーロッパコンサートツアーも聴衆総立ちの大絶賛を博し、その模様はヨーロッパ全土に衛星生中継された。
12年10月、DENONよりそれぞれの特徴を活かしたCDアルバム3枚同時発売という世界でも例を見ないデビューを果たす。
14年夏には舞台「海の上のピアニスト」で作曲・ピアノ演奏を担当、俳優市村正親と2人で紡ぎだす世界感は舞台ならではの魅力ある作品であると絶賛される。今年6月東京を皮切りに再演が決定、全国各地にて公演を行う。(公式サイトより)
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