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田中啓文「落下する緑」
まさに山下洋介の惹句(じゃっく)どおり!
東京創元社 ¥1800(税抜)
大型書店でどうも読みたい本がみつけられずにいたとき、目に入ったのがこの本のサックス奏者のイラストをあしらった表紙。帯に「天才テナーサックスプレイヤー、永見緋太郎の名推理」とある。田中啓文という作家を僕は寡聞にして知らなかったけれど、ジャズがらもの小説なら僕はこれまで、たいてい気に入ってきた。五木寛之「海を見ていたジョニー」から原●(=遼のつくり)の私立探偵、沢崎シリーズまで。

それでも、ジャズピアニスト、山下洋輔が帯に寄せている「あれ、やめられないよこれ、どうなっているの」という一文にはいささか大げさな印象をぬぐえずにいたが、なに、読み始めたら本当に「やめられないよ、これ」だった。

トランペット奏者、唐島英治が「私」として語り手ワトソン役を務め、唐島のバンドの若きサックス奏者の永見がホームズばりの推理を展開する。ひょうひょうとした永見の人柄は、島田荘司描く初期の御手洗潔を思い出させる。

といっても、永見が遭遇し、解決してみせるのは猟奇的な殺人事件などではなく、ジャズクラブやジャズフェスティバルなどで日常的な人間のエゴから生まれるトラブルなのだけど。たとえば、表題作「落下する緑」は展覧会場でさかさまに架けられた抽象画のなぞを解き、「揺れる黄色」ではすり替えられたクラリネットの秘密を言い当てる。

「やめられないおもしろさ」の源泉は、もちろんホームズばりの永見の推理にあるのだけれど、それ以上に僕を、そしておそらく山下をして魅了するのは、作家のジャズに対する愛情と的確な音楽の描写だろう。田中はどちらかといえばフリージャズという難解なジャズを愛好し、各章の終わりには彼が推薦するかなりマニアックなCDが紹介されているが、そういうジャズの中の分類の壁を越えて、ジャズという音楽の普遍的な楽しさや本質を文章で見事に描ききってみせる。

というわけで、もしかしたらジャズに興味のない読者には、もしかしたら魅力は半減なのかもしれないが、個人的には続編の登場を強く期待する。この作家は表題作で故鮎川哲也に絶賛されながら、その後SFやホラー作品の道に進み、根強いファンを獲得しているようで、いまさら軌道修正の必要はないが、この永見シリーズだけ続編−−長編でもうれしい−−を、ぜひ。(健)

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