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大橋泰弘 |
高校時代はテニスのインターハイの選手だったが、絵描きになりたいと美大に進学。昭和41年に卒業、テレビ局に就職したが約2カ月で退職し、舞台の仕事へ転職した。
「原点は小学校のとき、赤痢予防週間のポスターで全国優勝し画材を賞品にもらったこと。ステージをやりたかったからテレビの仕事は面白くなくて、宝塚には押しかけ女房みたいに行き、裏方のアルバイトから始めました」と話す。
舞台スタッフの仕事は何でもやった。3年目に正社員になり、宝塚以外にコンサートなど、数多くの仕事をこなした。
「でも、それじゃあすり減る一方。昭和51年秋から1年間、ニューヨークとロンドンに海外研修に行ったのが転機になりました。向こうで見てきたものをと言われましたが、宝塚は舞台転換の速さが命。工夫して実験的なことをいろいろやりましたね」と振り返る。
とくに草野旦(作・演出家)と組んだ「ジュジュ」や「ノンノンノン」などが思い出深いというが当時、その革新的デザインは、「宝塚らしくないと批判され、四面楚歌(そか)だった」とか。
ほかにも『グランドホテル』や『エリザベート』など海外の大型作品も手がけた。
現在上演中の花組では「レヴュー誕生」を担当している。
「登場する帽子の仕掛けは留学から25年間温めてきたアイデアです。レビューの舞台裏がテーマですが、ノスタルジックだけでなくモダンも必要。バランスが難しかったですね」
今後は雪組「Romance de Paris」、宙組「白昼の稲妻」、月組「薔薇の封印」と休むまもなく担当する。とにかく多忙だが常にテンション高くエネルギッシュだ。
これまでで印象深い仕事は9回手がけた海外公演だという。
「ベルリン公演で初めて、本当の意味で成功したという手応えを得ました。宝塚への評価は各国によって全く違う。だからこそ、逆に海外に行くと宝塚の良さが分かるんです」
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