今月はもう、話題作「エリザベート」漬けでいくしかない。上演中の星組バージョン(東京・日比谷の東京宝塚劇場)は、昨年の雪組の初演と比べても、一歩もひけをとらない雰囲気ある素晴らしい舞台である。フィギュアスケートにたとえるなら、雪組がテクニカル・メリット(技術点)で満点近いとすれば、星組はアーティスティック・インプレッション(芸術点)で勝るといえようか。

どちらも見る側のチェック・ポイント次第で好みが分かれそうだが、双方とも総合点をあげているのは出演者全員の熱気である。主演級のほとばしるような舞台姿勢にも感心するが、今回の舞台は結局、脚本のよさに集約される。何気ない役にまで細かな配慮がなされていて、通常では単なるわきで終わってしまう出演者たちが、ハッとする見せ場を生み出しているのに目が奪われる。

まず、主役トートの部下として登場する黒天使10人。娘役もまじっていた雪組と違い、平均身長169センチと大柄な男役だけの選抜メンバーで、ダイナミックさが増した。場面場面で半数ずつになったり、バラバラになったり、また固まったりのフォーメーションがいい。ハンガリーの男と女で群衆シーンを受け持つ新人たちも、それぞれが表情や手先に工夫のあとがうかがわれる。ことに印象に残るのは、病院の場に出てくる陵あきのの狂女役。素の品性漂う美人顔を思いきりゆがめての寄り目の高笑いは恐ろしくさえある。ガラス製の白スイセンが砕け散るようだ。「この役をやって、目付きが悪くなったっていわれるんです」と、陵がいっていた。

大詰め間近のレマン湖畔のシーンにおける老夫婦の存在も味わい深い。ウィーン版にはなく、宝塚版だけに付け加えられた。ふんしているのは夫が真中ひかる、妻が貴柳みどり。ともに入団13年目のベテランだ。セリフもなく、舞台最後方のベンチにこしかけ、やがてよろよろと退場するだけの出番。が、このシーンが重要な意味合いをもっていることは、客席に座った人ならわかる。「同期生だから、なにもしゃべらなくても呼吸がわかるし、2人でただ、ドラマの中の風景に徹しています」

貴柳の言葉が、小場面の大きさと作品の深さを教えている。(演劇コラムニスト石井啓夫)

平成9年3月10日東京夕刊


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