今年最大の話題は、なんといっても「エリザベート」の上演だろう。2−3月(東京は6月)雪組で初演され、10−12月(東京は来年3月)に星組が続演。星組公演はちょうど、きょう16日が千秋楽である。

1992年9月、オーストリアのウィーンで開幕したミュージカルで、現在もロングラン中。19世紀末のハプスブルグ家の“斜陽期”に、ヨーロッパ一の美貎(びぼう)とうたわれたオーストリア・ハンガリー帝国皇后エリザベートの数奇な運命を描く舞台だ。

宝塚版では、象徴的な役割のトート(死)をトップスターの役柄に変え、さらに雪組トップの一路真輝の歌唱力に併せて、“愛と死の輪舞”というオリジナル・ナンバーを原作曲者に依頼して挿入するなど、雰囲気抜ぐんの舞台となった。重厚な物語、歌唱表現による美しいせりふ回し、剛柔のダンスシーン…。「蜘蛛女のキス」と今年のベスト・ミュージカルを分け合うだろうと、思っている。

潤色・演出した宝塚の座付き作者、小池修一郎の才能に負うところが大だが、女性集団であるハンデを背負ってなお、技で重厚さを補い、美しさで人物造形の違和感をも吹き飛ばしたタカラジェンヌたちの並々ならぬ力量には、脱帽する。

 ことに、退団公演が“死”の役なんて、とファンを悲しませた一路が、宝塚生活15年の集大成のごとく、リンとして冷たく堂々とトートを演じて、客席を感動の涙に包んだ初演舞台の成果は忘れ難い。一路を筆頭に歌のうまいスターぞろいの雪組ということもあるが、「エリザベート」はスターを変えた。主演級からわき役、アンサンブルに至るまで張り詰めた糸にいささかの緩みもなかった。

さらに驚かされたことは、続演星組バージョンの、ほとばしるようなパワー舞台である。この作品で退団する娘役トップ、白城あやかエリザベートの大輪の華も見せるが、歌唱を懸念されていたトート麻路さきの魂をふりしぼるような歌い語りが力強く、見栄えで雪組を圧倒する。両舞台、宝塚の奇跡を見ているようだ。この舞台によると、ハンガリー語で万歳三唱を“エーヤン”というそうだが、宝塚関係者にも、「エーヤン!エリザベート」と叫びたい。(演劇コラムニスト石井啓夫)

平成8年12月16日東京夕刊


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