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宝塚ファミリーランドの思い出
月組組長 夏河ゆらが語る

ファミリーランドの思い出を語る夏河ゆらさん=兵庫県宝塚市の宝塚歌劇団
宝塚音楽学校の生徒たちが、鼓笛隊を組んで園内をパレードする。宝塚ファミリーランド(兵庫県宝塚市)でかつて、こんな光景を目にすることができた。

舞台人として必要なチームワークや機敏な動きを養うため、昭和30年代から63年まで園内で鼓笛隊の練習が行われていたのである。

園内では茶室を使った茶道の授業やプールサイドでの踊りの練習も行われ、入場者らが温かく見守っていたという。

「鼓笛隊の練習では、音楽学校を出てプールや遊具のまわりを何周も回るんです。けいこをしたり、遊んだり…。タカラジェンヌにとって、自分たちの成長を見守ってくれた遊園地でした」

宝塚歌劇団月組組長の夏河ゆらさんは、そういってファミリーランドの閉園を惜しんだ。

♪みなさん おいでなさい ようこそおいでなさい おとぎの世界へ さあおつれしましょう 世界はひとつ…

以前、ファミリーランドで流れていたこんな歌を覚えている人は多いだろう。園内の一番奥にある「大人形館」のテーマ曲。人形が歌い踊る世界をボートに乗ってめぐるこの遊具は、昭和42年に設置された。

モデルとなったのは、1964−65年に開かれたニューヨーク世界博で公開された「イッツ・ア・スモールワールド」。本家を制作したのはディズニーだが、ファミリーランドでは宝塚歌劇団が全面協力した。

ファミリーランドのプールサイドで踊りを披露する宝塚音楽学校の生徒たち(昭和41年ごろ、宝塚音楽学校提供)


テーマ曲「世界はひとつ」の作詞は大演出家の内海重典氏、作曲は「ベルサイユのばら」の主題歌を手がけた寺田瀧雄氏。歌っているのは、歌劇団の生徒だ。昭和55年にリニューアルした際には、振り付けや演出、舞台装置の専門家たちも協力したという。

その後、平成9年に再びリニューアルされ、テーマ曲も新しいものになった。

阪急電鉄の関連会社で「大人形館」の製作を担当した清水一郎さん(70)は「こんなに長期間にわたって人気のある遊具はほかにない。子供から大人まで楽しめるファミリーランドのシンボル的遊具です」と言う。

2度にわたる改装で「大人形館」の内容は大きく変わったが、初代からフィナーレは人形たちによる宝塚歌劇の舞台と決まっている。

西宮市で生まれ育った夏河さんは、小学生のときからダンスや歌のレッスンのため、宝塚音楽学校の付属校「宝塚コドモアテネ」に通った。

ファミリーランドは、レッスンの帰りに必ず立ち寄る“庭”のような存在だった。音楽学校に入ってからは厳しい授業が続く中で唯一、解放感を味わえる場所になった。

昼休み。学校をそっと抜けて、ファミリーランドに遊びに出かける。スタッフが笑顔で出迎えてくれ、制服姿のまま何度もジェットコースターに乗ってはしゃいだ。

宝塚歌劇団に入団してからも、思い出はつきない。入団1年目の昭和60年。米国からホワイトタイガーが初めてやってきた日、同期生の轟悠さん(専科)らと3人で、伊丹空港まで出迎えに行った。歓迎式典では、オリの中のホワイトタイガーに花束を差し出したことを覚えている。

夏河さんは「ファミリーランドは私たちを励まして、舞台人として成長させてくれた場所でした。残してほしいという気持ちがみんなの本音だと思う。宝塚はいつまでも、たくさんの人が集まって、幼少のころに戻ってなごめる場所であってほしい」と語った。



sumire memo
3月11日大阪夕刊
interview by 遊園地取材班
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OG情報 演劇一般のほうに掲載
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