産経新聞社

メタボリックシンドローム

【飽食社会への警告】(3)メタボリックシンドロームの告げるもの

医療費抑制への診断基準

 生活習慣病の予防に乗り出した動機は医療費を抑える必要があったからだ。兵庫県尼崎市役所の保健師、野口緑さんは平成十一年、財政破局の危機にひんしていた市職員健康保険組合の医療費を詳細に分析した結果を見てひらめいた。

 「高額医療費は、主に動脈硬化が引き金になる脳や心臓の循環器疾患が占めている。まず、この病気を減らさなければ」

 たとえば、脳卒中など脳血管損傷は一人あたり一カ月に二百九十万円かかり、心筋梗塞(こうそく)などの治療に使う心臓バイパス手術で一カ月四百四十万円にもなった。

 しかし、職員四千五百人もの健康状態を的確に把握するには、効率よくチェックできる基準が必要だった。

 そのころ、野口さんは日本肥満学会理事長の松澤佑次・住友病院長の著書でメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)を知った。脂肪が内臓に蓄積すると、血液中の糖分(血糖値)や中性脂肪、血圧を上げるとともに、さまざまな形で血管を傷め、動脈硬化を起こすというメカニズムだ。

 そこで、内臓脂肪の蓄積、血糖値を下げるインスリンの分泌能など危険因子を調べる健診項目を取り入れた。

 健診から三カ月以上過ぎてメタボリックシンドロームの危険因子の保有数と血圧の高さについてリスクが多い順に並べたリストを調べていて、野口さんは驚いた。リスクが三番目に高かった職員はすでに心臓疾患で突然死していたからだ。

 「この基準は正しい」

 以来、尼崎市ではリスト上位の職員にこんな風に保健指導を行う。

 「血圧が高く、噴水を一メートル六十上げるような圧力が、直径八ミリの血管にかかっている。どうなると思いますか」

 実際、その効果はあった。市職員の心臓病による死亡者は八年度から四年間は五人だったが、十三年度から出ていない。

 昨年四月、日本肥満学会など内科系八学会が日本独自のメタボリックシンドロームの診断基準を策定した。それまで各学会がデータを持ち寄り、専門の立場からの議論が沸騰していた。がんなど急な手術が必要な病気ではなく、兆候の表れ方もゆっくりと複雑なことから、基準は可能性がある患者を大きく囲い込むような形で定められた。

 それは胴回りが男性八五センチ以上、女性九〇センチ以上あれば、内臓脂肪が断面積で百平方センチ以上蓄積しており、危険領域に入っている。さらに、空腹時の血糖値や血圧が高めなどの条件を複数満たせば危険因子とした。

 診断基準にくわしい大阪大学医学部の船橋徹講師は「診断基準に従って腹囲を減らしても、すぐに糖尿病患者が減るという性質のものではない。しかし、基準を明示することで国民の健康ライフを改善するきっかけにはなるでしょう」と意義を話す。

 生命保険会社も診断基準には大きく関心を寄せている。第一生命保険相互会社健康増進室長、小林三世治医師は北海道から沖縄まで約三千の事業所に勤める職員約五万人の健康管理に努めている。定期健康診断で報告される血圧、血糖値などのデータをチェックして再検査などを指示するが、最近、メタボリックシンドロームの診断基準が加わった。

 「診断に必要なデータは前から取っているので、新しい基準に照らし合わせて判定でき、より確実に動脈硬化のリスクがある職員を見つけられます」と小林室長。顧客が加入のさいに行う健康診断にもこの基準を採用する方針だ。

 また、ブリヂストン磐田工場(静岡県磐田市)の保健師、門田しず子さんは、健康相談を通じて若者の「食の偏り」を知った。そこで、従業員に、缶ジュースなどで砂糖の摂取が多いと血糖値が下がらずに血管障害が起きることを説いた。自動販売機横に、ジュースの砂糖含量を示すポスターを張るなどアピールした。四年間の努力のすえ、減量に成功した人は、診断基準の危険因子が消えていることが分かった。

 診断基準はさまざまな現場で検証され、データを積み重ねている。やがて、そのデータは、より確実な数値に絞り込まれていくだろう。(飽食社会取材班)

(2006/01/19)