産経新聞社

メタボリックシンドローム

【飽食社会への警告】(4)メタボリックシンドロームの告げるもの

脂肪細胞は巨大な「臓器」

 日本が世界をリードする肥満研究は、脂肪細胞の考え方を根底から変える発見を生み出している。それは、動脈硬化を起こすメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の発症メカニズムを明らかにするとともに、予防医療や創薬につながる重要な物質を明らかにした。

 「脂肪細胞から体内の生理作用を調節するホルモンがこんなに多量分泌されているとは」

 大阪大学医学部の松澤佑次教授(現住友病院長)らの研究グループは、常識を覆す結果の連続に驚きを隠せなかった。

 それまで医学界では脂肪細胞は、消費されずに残ったエネルギーの貯蔵庫でしかないと考えられていた。ところが、遺伝子の働きを調べる研究方法が急進展したことから、阪大グループが脂肪細胞にかかわるゲノム(遺伝情報)をしらみつぶしに調べてみると、多種のホルモンを多量に分泌する巨大な「臓器」の役目をしていることがわかったのだ。

 発想の転換により、未開の分野が広がることは目に見えていた。

 中でも、もっとも多く出ているホルモンを「アディポネクチン」と名づけて取り上げ、性質を調べてみると、奇妙なふるまいがあった。脂肪細胞が膨らみ肥満状態になると分泌量が増えるのではなく、反比例してガクンと減ってしまうのだ。

 一九九六年ごろから、国際学会などで研究成果を発表したところ、最初は評価が分かれたが、次第に反響が広がっていった。

 太ればアディポネクチンが消えるという謎は、このホルモンが善玉であることを証明していた。つまり、このホルモンには動脈硬化を防ぐ作用があり、肥満すると出なくなって症状が悪化してしまうのだ。

 それまで動脈硬化の発症メカニズムは、内臓脂肪の蓄積が、脂肪を分解してエネルギーに変える脂質代謝の異常を起こし、血管を傷める物質を作り出すことは知られていた。

 アディポネクチンの発見は、ホルモンが動脈硬化の発症を調節するというもうひとつのルートを突き止めたことになる。

 それだけではない。医療面で大きいのは、アディポネクチンが動脈硬化を予防する手がかりとなるマーカー(指標)として使えることだ。論文が学会誌に掲載されると翌日には海外の製薬会社が特許権譲渡の交渉に訪れるほど注目された。同大医学部の船橋徹講師は「脂肪細胞は大半が脂なので研究材料として扱いにくいだけに、研究分野として手付かずのところがありました。阪大グループは、アディポネクチン分泌量の増減を測定するキットを開発しており、健康診断などに使えば、動脈硬化のリスクをかなりの確度で判定できます」と説明する。

 まだ、測定には健康保険が使えず、検査の結果が出るまで時間がかかるが、人間ドックによっては、オプションとして採用しているところもある。

 実際に減量とアディポネクチンの分泌との関係を調べた興味深いデータがある。

 慶応義塾大学医学部の広瀬寛専任講師は、教職員約二千七百人を対象に行う定期健診でメタボリックシンドロームの診断基準に該当した男性十六人に対し、保健指導プログラムを課した。脂肪分の多い食事を改めるとともに全体の量も減らし、積極的に歩行に努めるなど運動量を増やすという内容だ。三カ月間続けた結果、ウエストの周囲は平均一・六センチ減った。そしてアディポネクチンの血中濃度は、なんとこれまでの二−三割も跳ね上がっていた。リスクを改善する努力は報われたのだ。

 アディポネクチンの研究成果をバネに世界中で脂肪組織が分泌する生理活性物質(サイトカイン)の研究が展開され、新たな学問分野が誕生している。その中には善玉があれば、血栓をつくりやすい悪玉も含まれている。玉石混交だが、これらの多種の物質が増減し影響し合っていることは十分に考えられる。

 こんどはどのように有用な物質がみつかるだろうか。(飽食社会取材班)

(2006/01/21)