欧米化…急増する糖尿病
西の玄関口、福岡市中心部から車で三十分、郊外に走ると、福岡県久山町に着く。この町は、人口約八千人ばかりのベッドタウンだが、「ヒサヤマ・スタディー」(久山町研究)と呼ばれる研究で世界の注目を浴びている。
九州大学大学院医学研究院の第二内科研究室が四十年以上にわたり住民の八割以上を対象に健康状態、病歴、死因などを追跡調査し、その膨大なデータを背景に生活習慣病を発症する遺伝的な要因との関連がきめ細かく調べられているからだ。
くらしの中でのさまざまな環境要因が重なり、ゆっくりと進行する生活習慣病の研究にとって、町はうってつけの生活環境を備えている。
人口の移動が少ないうえ、人口と産業の構成が日本の平均値に近い。多くの住民にみられる病気が、食生活の欧米化など時代とともに移り変わるさまはまるで日本の縮図だ。
「昭和三十六年の研究開始当初は、脳梗塞(こうそく)の解明がテーマだった。危険因子は高血圧で、塩分を取り過ぎないようにするなどの保健指導と降圧剤の普及で血圧を調節し、患者を減らすことができました」と研究責任者の清原裕医師は満足げだ。
「時代の病気を映す鏡」といわれる久山町研究のなかに、新たな病相が浮かび上がってきた。
「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)を構成する因子が軒並み悪化してきたのです」
清原医師は少し顔を曇らせながらこう説明した。
例えば男性肥満者の割合は調査開始から四十一年間で7%から30%へと四倍以上増えた。血中脂肪が多い「高脂血症」は3%から26%へと八倍以上も増加。女性も同じ傾向だ。
メタボリックシンドロームは内臓脂肪の過剰な蓄積が高血圧や高脂血、高血糖のリスクを高め、心筋梗塞などを起こす動脈硬化につながる。
清原医師が心配するのは糖尿病の急増だ。
男性の場合、糖尿病とその予備軍を示す、空腹時の血糖値が高い耐糖能異常の割合は11%から56%へ跳ね上がり、メタボリックシンドローム該当者の増加とぴったり重なった、という。
「原因は生活の変化で、なかでも一番は食生活の欧米化です」と清原医師は言い切る。その根拠は調査データに明確に表れている。昭和四十年と平成八年の食事の比較では、肉類の摂取量が三倍になるなど動物性脂肪の割合が増えていた。
「脳梗塞を起こす疑いが強い遺伝子を十二個見つけました」
東京大学医科学研究所で客員研究員を務める久保充明さんが胸を張る。
特定の病気について、かかりやすさの個人差は経験的に知られ、「体質の違い」と説明される。遺伝子研究の発達で、この差異は、遺伝子が情報伝達の暗号文字として持っている四種類の塩基について、その並び方がひとつでも違うSNP(スニップ、一塩基多型)があると起きることがわかってきた。
久保さんは、脳梗塞を起こしやすいSNPを特定した。実は、この成果は、久山町などで脳梗塞を起こした人と健常な人の遺伝子データ各約千三百人分を解析し、探り当てたのだった。
「病気を起こすSNPの有無が分かれば、事前にリスクを察知して気をつけるようになるでしょう」と久保さんが話すように、研究の主眼は病気の予測だ。さまざまな病気のSNPを見つけた上で、健診データを組み合わせ、生活習慣病のリスクを予測し医療に役立てるのだ。
すでに九大はNTTデータと共同で、蓄積された健診記録を基に、今後十年間の生活習慣病の発症確率をはじき出すコンピューターのリスク予測システム「ひさやま元気予報」を開発した。今後はこれに遺伝子データを加え、精度を上げる計画だ。
ヒサヤマ・スタディーの未来形について、清原さんらは「各人に合わせたオーダーメードの健康指導や治療ができるようになるでしょう」と語る。メタボリックシンドロームの該当者の予測、発病の予防にも大いに貢献することだろう。(飽食社会取材班)
(2006/01/22)