オーダーメードの栄養学
個人差・遺伝素因に注目
ちょっとした肥満で陥るメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)。その予防のカギを握るのは、生活習慣とともに、食生活の改善が一番といわれている。栄養欠乏から過剰症へ−。時代は大きく変わったが、そうした食改善の肥満解消は、むしろ格段に難しくなったともいえる。これからの時代、栄養に関しても医療の世界と同様、その人なりの体質素因に応じた“オーダーメード栄養学”が必要となってきているのではあるまいか。(大串英明)
≪茨城キリスト教大学・板倉弘重教授に聞く≫
−−今、日本の栄養政策というのは
従来の「栄養所要量」という基準から、平成十七年に「食事摂取基準」に変わった。これまでは栄養欠乏時代を引きずっていて、ともかく皆が健康を維持できるだけの栄養を取れるように、その水準を「必要量」としていた。しかし、今は過栄養、栄養の過剰症が起こるかもしれない時代になって今度は取りすぎを注意するように、「上限量」まで規定することになった。その中間の数値として「目標量」も定めているが、これはひとえに、生活習慣病を予防するためなのです。カリウムを十分とると高血圧の予防になるというエビデンス(科学的証拠)も明らかなので、カリウムの摂取目標量も新たに設定しているし、高脂血症や糖尿病などの生活習慣病や食事に伴うさまざまな健康障害を避けるのに、食品成分の望ましい目標量も設けている。
−−板倉教授は、以前から、「オーダーメード栄養学」を提唱していますね
これまでの栄養政策というのは、人々をマス(集団)ととらえて地域住民など何万人を対象に何グラム、何カロリーなど必要な摂取量を一律に義務づける形になっていた。しかし、個人はもともと体質が違うから、学校給食を考えてもわかるように、体の大きい人、小さい人、同じ年齢同じ性別でも個人差が出てくる。その要因としてやはり遺伝素因があって、同じように食べても太りやすい人、下痢やアレルギーを起こしやすい人、それぞれ個別に考えないといけない。例えば、エネルギーを生み出す体内の基礎代謝にも非常に大きな個人差があるので、基準通り摂取しても、一部の人は不健康になったりする。高脂血症のガイドラインでは、220mg/dl以上が高コレステロール血症と診断されるが、219mg/dlの人は、放置されることも起こり得る。
−−基準が大きく変化した背景には、やはり生活習慣病の増加がある
特に男性の肥満増が明らかだが、やはり生活習慣病の因子が増加しているので、健康全般のことを考えると、もっと個人レベルでの生活習慣病予防対策を国としても進めないとやっていけない。「上限量」という考えも今や世界共通の認識になっている。従来、病気というと早期発見・早期治療ですね。今度はその前の一次情報の段階で食い止めるという予防の時代になってきた。今は健康であっても、高脂血症になりやすい体質をもっている人が高脂血症を起こしやすい食事を取り続けたら、二重に病気が進行してしまうので、早くそういう体質を見つけて防ごうというわけです。
−−遺伝子の研究も相当進んでいる
例えばコレステロールが上がるといわれる卵を五個、十個食べても上がらない人と極端に反応する人がいる。実は、日本人の半数は、コレステロールの摂取を控えても、総コレステロールは期待通りには減少しないというデータもある。それは血糖、血圧にもいえて、食塩を取っても血圧があまり上がらなかったり、人によって食塩感受性にも大きな違いがある。食塩感受性については、血圧を調整するホルモンが関係し、そのホルモン系の個人差とわかってきた。
体重にしても、脂肪が蓄積しやすい遺伝素因を持っている人は肥満になりやすい。顔や体つきが一人一人異なるように遺伝子配列も異なっている。その変異の出現頻度が高く、人口の1%以上で変異が認められるときは、「遺伝子多型」と呼んでいるが、変異のタイプによって、栄養や薬剤への反応の仕方、生活習慣病のなりやすさ(逆になりにくさ)に影響するものもあり、そうしたタイプに応じて効率的な予防対策が立てられるのではないか。オーダーメード栄養の意味もそこにある。反応のいい人には、コレステロールや中性脂肪などの高脂血症が高値になる前から食事指導が始められるし、特定保健用などの機能性食品が役立つかもしれない。現に、中性脂肪に関連した食用油のヒト試験でも、高脂血症になりやすい人でも、特定保健用食品の「ジアシルグリセロール」を摂取したグループで、有意に血清の中性脂肪濃度が低下したという結果が出ている。
−−以前は、健康優良児とか、表彰された時代がありました
栄養欠乏時代には、栄養がいいというのは太るということ。健康優良児というのは、その代表例ですね。小さく産んで大きく育てるという行き方は、今や間違い。母親が食事制限して栄養状態が悪いと、胎児は急激に太って発育しなければならないので、大きくなって糖尿病になりやすいというデータもあるほどです。昨今は、その太り方の違いによって、生活習慣病の合併症の起こり方が違うことがわかってきた。糖尿病、高脂血症、高血圧も皆、人体のエネルギー代謝と関係して絡み合っているので、血圧・血糖・脂質がちょっと異常の境界域でも、それらが重なると、動脈硬化が促進しやすくなる。しかし、その治療も一つ一つの病気を治療していくのでなく、もっと根本にある内臓脂肪を治すのが先決。そのときには、運動、食事を含めたライフスタイルの改善が一番大事なことになる。メタボリックシンドロームというのは、まさに栄養学のテーマでもあるのです。
−−簡単にいうと
内臓脂肪がたまると、肝臓で中性脂肪の合成が高まり高脂血症になると同時に、糖分の利用も悪くなるため、血糖値も高くなる。血圧を高めるホルモンが増える一方、血管の内皮細胞を保護してくれる「アディポネクチン」の分泌も低下するので、血管が障害されやすくなる。血栓ができやすい成分も内臓脂肪から分泌されるので血管が詰まりやすくなるのです。
内臓脂肪のもとになる肥満は、食べ物からの摂取エネルギーと、運動で使う消費エネルギーのバランスが崩れて起こる。食べる量は少なくなっても、出ていく消費量が少なければ、当然おなかに脂肪がたまる。もともと人体では、酵素などが働いてバランスを取るようになっているが、その働きが人の体質によってかなり違っている。摂取と消費量、肥満度、体質をもろもろ見極めながら、その人の栄養バランスを考える必要があるのです。
−−食物繊維は、カロリーの吸収率を抑えてくれるとか
今回の摂取基準と合わせて、食事バランスガイドが発表されています。太り過ぎを予防する一番手が食物繊維ですね。繊維が多いと一緒に排泄(はいせつ)してくれるので、口から入る量が多くても、人体に入る量は少なくなる。日本人は、全体に食物繊維の摂取量が減ってきたので、逆にカロリーが吸収されてしまう事態になっている。そこで食物繊維が肥満を抑えてくれるならば、食物繊維の多い食品を作ったらどうかと。それが特定保健用食品の考え方なのですね。
−−「特定保健用食品」というのは、日本で初めて生まれた概念だとか
その通りです。食品の機能性の違いがわかってきて、その機能性をうまく使うと、ある程度満足しながら太らないようにできるとか、個人差、例えば脂肪を良く燃やすような体質を持っている人なら、それに見合った食品成分で遺伝子を活性化させるようにしてあげればいいと。ジアシルグリセロールがそのいい例です。そういう個人差の機能を生かした食品開発が、今はむしろ欧米で研究が盛んになっている。
−−日本人は、特に糖尿病になりやすい
脂肪のエネルギーをむだにしないように、白人よりも体に中性脂肪をためやすい体質になっている。それを「倹約遺伝子」というが、インスリンが過剰に分泌すると、膵臓(すいぞう)の細胞が持ちこたえられなくなって、軽度の肥満でも容易に糖尿病を発症してしまうケースが多い。日本人はもともと肥満に弱い民族なのです。栄養バランスも、これからは、摂取量だけでなく消費の側にも目を向けて健康状態の評価、その人なりの食文化、ライフスタイル、つまりは人間そのものを見ていくことが非常に大事です。でないと、適切な食事指導ができないと思いますよ。
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【用語解説】特定保健用食品
いわゆる健康食品と違って、有効性・安全性の科学的根拠に基づき、体調調節などの保健機能が評価され、表示が許可されている。栄養成分を表示できる「栄養機能食品」制度もあるが、これらを併せて「保健機能食品」と呼んでいる。
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【プロフィル】板倉弘重
いたくら・ひろしげ 東京大学医学部卒業。同第三内科講師、国立健康・栄養研究所臨床栄養部長を経て現職(茨城キリスト教大学生活科学部食物健康科学科教授)。同研究所名誉所員。日本栄養・食糧学会等の理事。日本動脈硬化学会、日本肥満学会の評議員を務めている。
(2006/04/27)