高血圧というのは、血圧が高いだけの状態ではない。患者の半数が、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)に罹患(りかん)しているといわれており、肥満をベースに多少の高血圧でも、心臓病(心血管系疾患)や糖尿病を発症するリスクが何倍も高まることがわかった。「ベルトの穴ひとつ」大きくなるだけでも、大変怖い。“サイレントキラー”の異名のある高血圧症だが、メタボリックシンドロームの病態が明らかになるにつれ、新しい治療戦略が求められている現状が浮き彫りになった。(大串英明)
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□日本高血圧学会理事長 藤田敏郎氏に聞く
■カギを握るインスリン抵抗性 内臓脂肪と密接な関連
−−高血圧は、現在日本で三千五百万人いるといわれている
今や国民の三人ないし四人に一人、いわゆるコモンディジーズ(国民病)になるわけです。要因としてライフスタイル、肥満増、運動不足、高齢化などが挙げられるが、高血圧は自覚症状がないことが問題。ほっておくと、脳心腎の合併症を生じるので、サイレントキラー(静かなる殺し屋)と呼ばれる。その高血圧治療の最大の目的は、心血管病の発症と、それによる死亡を抑制することにあるわけです。
−−従来は、高血圧症のガイドラインでも、一四〇mmHg(収縮期)/九〇mmHg(拡張期)以上が危険といわれていましたね
今回のメタボリックシンドローム診断基準で決められた高血圧項目の一三〇/八五以上とすると、およそ全国民の六割がリスクを抱えていることになるのではないだろうか。それに加えて内臓肥満(ウエスト周囲径男性八五センチ以上)、脂質代謝異常(高脂血症)や血糖異常(高血糖)が基準の対象になっているが、肥満をベースに、ほんの軽い高血圧でもメタボリックシンドロームに陥る危険があることがわかってきたのです。高血圧の人が「ベルトの穴ひとつ」大きくなっても大変危ないということです。
−−内臓脂肪の肥満がなぜ危険なのか
ウエストが太くなると内臓脂肪が増えるのは証明済みだが、冠(心臓)動脈疾患のある人とない人を比べると、皮下脂肪はほとんど変わらないのに内臓脂肪だけは増えている。内臓脂肪が冠動脈疾患の原因と考えられるわけです。内臓脂肪が心筋梗塞(こうそく)や脳卒中を起こすメカニズムも最近の脂肪の研究から明らかになってきた。脂肪組織は単なるエネルギーの貯蔵庫でなく、今やひとつの大きな内分泌臓器ととらえられる。この脂肪組織が肥大化すると、食欲抑制に働くレプチンや炎症性のある腫瘍(しゅよう)壊死(えし)因子(TNF−α)、遊離脂肪酸(FFA)などのインスリン抵抗性を高めるホルモン(生理活性物質)や血圧の上昇に関係するレニン・アンジオテンシン系の酵素を分泌する。特にアンジオテンシンIIは、動脈硬化を促進すると同時に、酸化ストレスなどを出してインスリン抵抗性も生じさせる。
−−インスリン抵抗性がカギを握っている
誘因としては内臓肥満だが、結果としてインスリン抵抗性が基盤となる。インスリン抵抗性というのは、体のエネルギーとなる糖分の調節機能の感受性が低下することで、動物実験では、アンジオテンシンIIを投与すると、インスリン抵抗性を生じ、糖の取り込みも起こらなくなるという結果も出ている。つまり内臓脂肪がたまるとインスリン感受性が低下し、血圧ばかりか糖や脂質も代謝異常になり、メタボリックシンドロームが発症する。
−−高血圧患者との関係は?
多くの患者さんはそれほど肥満ではないが、しっかり測ってみると大概、内臓脂肪がたまっている。ブドウ糖負荷試験をすると、正常な人と比べ、インスリンの過大分泌が起こり、インスリン抵抗性がある。従って特に高血圧の人が太ると、大変危険なことがわかる。一四〇/九〇未満であれば、心筋梗塞など起こしにくいという、これまでの定義を繰り上げたのも、そうした危険を未然に防ごうというわけなのです。
−−メタボリックシンドロームを改善するのは、一にも二にも生活習慣ということですが、これがなかなか難しい
その際には、薬物療法を考えなくてはいけない。ガイドラインに従えば、二十四時間にわたる厳格な降圧とインスリン抵抗性の改善ということになる。高血圧症の治療薬には、前述したアンジオテンシン系の生理活性を抑制するアンジオテンシン受容体拮抗(きっこう)薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬などがある。最近の臨床試験では、これらの薬剤がインスリン抵抗性を改善することにより、糖尿病の発症を抑制したという成績が発表されています。
−−今や高血圧治療は、内臓脂肪・インスリン抵抗性まで深く考慮する時代になってきた
高血圧の患者さんは、非高血圧の人に比べ、2型糖尿病の発症リスクが二・四三倍になるという研究もある。生活習慣もなおさずに、インスリン抵抗性が長く持続すると糖尿病を発症するわけだが、いくつものデータを見ても、高血圧の患者さんにメタボリックシンドロームの肥満が加わると、将来、必ずといっていいほど糖尿病を発症する。高血圧治療中に糖尿病を合併すると、さらに心筋梗塞などを起こす確率が約三倍高くなる。現在の肥満率では、米国並みに糖尿病、高脂血症患者が増えていくことは目に見えている。メタボリックシンドロームは、ちょうど予備軍と疾患の間と考えても良い。まだ発症していない段階で食い止めるのが最も大事です。そのためには、一人一人が自分自身の生活習慣を見直してみることが第一歩といえるでしょう。
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■食事、運動療法など生活習慣の複合的な修正が効果的
高血圧の患者には、どんな生活改善が有効か。日本高血圧学会の理事長でもある藤田敏郎教授に伺った。
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まずは、減塩。日本人は非常に摂取量が多く(現在一二グラム)、食事の際に減塩すればするほど、血圧は下がっていく。高血圧治療のガイドラインで「食塩制限六グラム未満」という厳しい基準を設けているのも、減塩がもっとも有効だからだ。
「DASH食」といって減塩プラス、カリウムの多い食事法があるが、これはカリウムを多く含んだ野菜、果物を積極的に摂取すると血圧が下がり、インスリン抵抗性も改善する。「低カロリー食」よりも、メタボリックシンドロームの改善効果が優れているというエビデンス(科学的証拠)もある。ただし、腎不全の患者さんは、カリウムが上昇するので逆効果。また、果物はカロリーがあるので、糖尿病や肥満の患者さんには、勧めたくない。
米国では、「ファイブ・ア・デイ」という、一日五皿以上の野菜を食べる運動を進めている。医療関係者の話では、五皿以下の人は、脳卒中の確率が高まるというのですね。
メタボリックシンドロームを本格的に治したいなら、激しいほどの有酸素運動がいい。一般的なガイドラインでは、汗ばむくらいの歩行。三十分の早歩き。一駅二駅飛ばして歩いて通勤してみる。ただし、お年寄りで肥満の人は危険。たとえ急ぎ足でも無理するとひざの関節を痛めることがある。
食事・運動療法、なべて生活習慣の複合的な修正がより効果的なことは明らかだが、実質、一番血圧の低下が見込まれるのは減量だ。体重が一〇キログラム減少すれば、概算、収縮期一二mmHgは下がる計算。「ベルトの穴ひとつ」減らすだけでも、大きな見返りがあるというわけだ。
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【用語解説】代謝とインスリン抵抗性
代謝とは、食事などから摂取された各種の栄養素が生体内で変化してエネルギー源となったり、酵素やホルモンの仲立ちで全身の細胞が活性化するなどの生化学反応のこと。インスリンは、膵臓(すいぞう)から内分泌されるホルモンで、全身の細胞に適切な血糖の取り込みを促す作用があり、食後の血糖値を正常にまで下げる働きをする。インスリン抵抗性は、種々のホルモンなどが過剰になったり欠乏したりすることで、インスリンが血中にあっても有効に利用できない状態のこと。最近は糖や脂質の調節にかかわって、インスリン抵抗性を引き起こす新たなホルモン物質などの研究が進んでいる。2型糖尿病は、遺伝的素因に生活習慣や加齢などが作用して発症し、成人の糖尿病原因の大半を占めている。
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【プロフィル】藤田敏郎
ふじた・としろう 慶応義塾大学医学部卒業。東京大学第四内科助教授・教授を経て平成9年、同大学院医学系研究所内科学(腎臓・内分泌内科)教授。現在内科学専攻長を兼務。日本内科学会、日本高血圧学会理事長。「メタボリックシンドローム撲滅委員会」の委員を務める。
(2006/04/30)