産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】STOP!メタボリックシンドローム 中性脂肪に潜む危険(1)

帝京大学医学部内科 寺本民生教授に聞く
動脈硬化を誘発する“超悪玉”

 メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準のひとつである「中性脂肪」の危険な要素が明らかになりつつある。ともすれば、LDLコレステロールに隠れがちな中性脂肪だが、増えれば増えるほど、超悪玉の「スモール・デンス・LDL」を生み出し、狭心症や心筋梗塞の発症を促すことがわかってきた。一方、2型糖尿病患者を対象にした最近の大規模臨床試験では、フィブラート系の高脂血症薬が血中の脂質、特に中性脂肪を改善したことで、心筋梗塞や糖尿病合併症の網膜症・腎症などを予防する効果があることも証明されている。高脂血症治療もまた、大きな転換期を迎えている。(大串英明)

 −−高脂血症というと、LDLコレステロールと反射的に思うのですが

 高脂血症は、基本的に動脈硬化の関連で捉(とら)えられています。心筋梗塞や脳梗塞などの心血管病を引き起こす大きな要因としてコレステロールがあることは、米国の著名な「フラミンガム研究」でも証明されています。また、LDLコレステロールを下げる薬として知られる「スタチン」の相次ぐ大規模臨床試験でも、LDLコレステロールを下げることで動脈硬化を予防できることが明らかになっています。

 ところが、問題はLDLコレステロールによる治療で、心筋梗塞など心血管病が予防できるのは、ほぼ30%にとどまること。残る70%の人たちは、予防できないことがわかってきたのです。そこで、心血管病の予防治療には、コレステロールではない別のファクターも考えないといけないだろうということになったのです。

 −−それで、「ビヨンド・コレステロール(コレステロールの次のステップ)」という言い方をされるわけですね

 それぞれが軽い糖尿病・高血圧・肥満・高中性脂肪であっても、それらが重なると、心筋梗塞などになる人が多くなる、いわゆる「メタボリックシンドローム」が注目されてきました。メタボリックシンドロームというのは、LDLコレステロールをきちっと下げることは前提条件として、もうひとつ踏み込んで軽症の予備軍の段階から、リスクが重なると危険だと、発信していこうとしているわけです。

 −−健診が大事なことになってきます

 例えば健診で、「経過観察」が3つも重なったら、そう楽観的に構えていてはいけない。従来の、ひとつの項目、ひとつの病態に関して「異常」という捉え方が、これからは「合わせて異常」という捉え方へ。その根底にあるのがおなかの脂肪、腹部肥満。それがメタボリックシンドロームの重要なメッセージなのです。個別の病態を個別に診療する、いわゆるスペシャライズされた医療から、1人の患者さんをいろいろな専門家がきちっと診ていくような「統合の医療」へと、時代も大きく変わってきています。

 −−「中性脂肪」というと、どうも捉えがたいところがある

 中性脂肪が高い人たちは、飲酒のせいであったり、糖尿病や肥満だったりと、さまざまな背景要因があるので、コレステロール値のように、直線的に動脈硬化の発症差などに結びつくデータが乏しいとされてきたからでもあるのです。しかし実は、日本人に関しては、中性脂肪と心臓病(狭心症や心筋梗塞)との関係を示す貴重なデータもあるのです。

 筑波大学研究グループの15年に及ぶ、1万人以上の住民健診の結果で、中性脂肪値が上がれば上がるほど心臓病が増えている事実が明らかになっています。日本人は、比較的中性脂肪が危険因子となりがちな民族でもあるのです。

 それに最近、日本でも長年続けられている糖尿病患者対象の大規模臨床試験「JDCS」でも、中性脂肪が脳卒中などを含む心血管病のリスクとなることが明らかになってきました。

 −−「動脈硬化」というと、血管の壁にコレステロールがたまって、障害を起こすイメージがあるが

 中性脂肪がたまるわけではないのに、なぜ動脈硬化が起こるのか。そのカギを握っているのが、「small dense(スモール・デンス)LDL」です。中性脂肪がどんどんたまってくると、LDLの中でも、超悪玉といわれるスモール・デンス・LDLが出やすい状況になるのです。肝臓で合成された脂質は、「リポたんぱく(VLDL)」という形で全身の血液中をかけめぐっています。コレステロールと中性脂肪が、ひとかたまりになって流れているわけです。中性脂肪にかかわる、その分解の過程がうまくいかなくなると、善玉のHDLコステロールが減ったり、LDLよりもさらに小粒なスモール・デンス・LDLが大量に増えてくるのです。

 −−動脈硬化に至る過程は

 スモール・デンス・LDLは、ミクロ単位の細胞よりさらに1000分の1ほどの、極めて小さい粒子なので容易に血管壁に入り込みやすく、血管壁にこびりついてコレステロールを蓄積する。LDLが多くなくても粒子数が異常に多いので、悪さの度合いが高くなる。また、酸化されやすいので、血管内でアテローム(粥(じゅく)状)状態を作り、動脈硬化を促進することになる。結局、「高中性脂肪血症」は、スモール・デンス・LDLの表現型、つまり中性脂肪が悪い形で表に現れる部分として捉える方が正確なのではないかと思えるのです。

 血圧や血糖が上がってきても血管の内皮細胞を障害するので、さらに中性脂肪やコレステロールがたまりやすくなり、スモール・デンス・LDLが血管内に入りやすくなっていく。そういう準備状態を見分けるのが、メタボリックシンドロームの診断基準の考え方でもあるのです。

 −−30代、40代に、中性脂肪の高い人がどんどん増えているそうです

 日本動脈硬化学会の経年調査でも、現実に30代、40代の人たちの中性脂肪値は、平均でも150mg/dlぐらいに及んでいる。半分は、高中性脂肪血症と診断される、150を超えていることになる。HDLも全般的に低下し、国民栄養調査では、BMIも年々上昇している。だから、これからの日本は、メタボリックシンドロームが非常に重大な問題になってくるだろうと思いますよ。肥満をとにかく是正することが肝心だが、食事・運動、当たり前の話なのだが、これがなかなか難しい。一番大切なことは、現実的な目標(体重の5%減)を立てて、自分の体重を常に管理すること。次に食べる量を全般的に減らすことですね。腹囲は、運動に反応しやすいので、体重と同時に脂肪減の目安にできます。

 −−食事・運動ともうまくいかない場合、薬物療法としては

 中性脂肪とともに、その裏に潜むスモール・デンス・LDLを改善していくというのが動脈硬化予防に有効な基本的な考え方でしょう。高脂血症でひとつにくくられると、コレステロールが高い場合でも、中性脂肪が高い場合でも、皆含んでしまって、治療に間違いが生じかねない。日本でも、コレステロールが高い患者さんには、スタチン、中性脂肪が高い患者さんには、フィブラートと、大体処方は決まっているはずなのですが、場合によっては、中性脂肪が高くてもスタチンを使っているケースがあります。

 −−つい最近、フィブラート系の高脂血症薬を使った大規模臨床試験が発表されました

 メタボリックシンドロームや糖尿病における、心筋梗塞などの危険な要素のひとつが、中性脂肪。この中性脂肪をよく低下させるフィブラートを使うと、心筋梗塞や脳卒中を防げるのか。これを明らかにするために、オーストラリア、フィンランドなど多国籍にわたり、心血管病の既往歴のない約1万例の2型糖尿病患者に対して、5年がかりで大規模臨床試験「FIELD」が行われました。

 その結果、心筋梗塞や脳卒中などの心血管病について、フィブラート(フェノフィブラート)群が、プラセボ(偽薬)群と比べ19%減と、有意に抑制したという結果が出たのです。つまり、これは中性脂肪を低下させ、動脈硬化と同時に心血管病の発作を抑制するという1次予防効果を初めて示したわけです。単純に、高中性脂肪ならフィブラートを使うというのでなく、糖尿病が背景にある人たちには、より積極的に使うべきだろうとの判断にもなるわけです。

 −−「食後高中性脂肪血症」という現象があるそうですね

 普通、食事をすると、食事の中の90%以上は、中性脂肪なのです。もともと中性脂肪は、身体のエネルギー源なのですが、メタボリックシンドロームや糖尿病になると、中性脂肪の分解システムが狂って、食事から6、7時間たっても数値が上がったままの状態になります。そういう人たちに心筋梗塞の発症率が高いというデータもあるのです。知らず知らずの間に、今、日本人は危険な状況に陥っている。次世代に影響を残さないためにも、まずは自分たちの生活習慣を改めるのが、メタボリックシンドロームの一番重要なところではないでしょうか。

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【プロフィル】寺本民生

 てらもと・たみお 東京大学医学部卒業。同大学付属病院第1内科、米国シカゴ大学留学。東京大学第1内科医局長、帝京大学第1内科助教授などを経て、平成13年、帝京大学医学部内科主任教授。日本内科学会・日本動脈硬化学会の理事、日本糖尿病学会などの評議員。第37回日本動脈硬化学会会長。

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 産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。

  

 【主催】 メタボリックシンドローム撲滅委員会、産経新聞社、フジテレビジョン、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ

 【後援】 厚生労働省、日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本心臓病学会、日本血栓止血学会、日本臨床内科医会、日本歯科医師会、日本歯科医学会、日本歯周病学会、日本抗加齢医学会、健康・体力づくり事業財団、日本糖尿病財団、日本心臓財団、日本栄養士会、日本製薬工業協会、サンケイリビング新聞社、扶桑社

 【メタボリックシンドローム撲滅委員会】◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)◇委員 春日雅人・神戸大学医学部付属病院長(日本糖尿病学会理事長)、藤田敏郎・東京大学大学院教授(日本高血圧学会理事長)、北徹・京都大学理事・副学長(日本動脈硬化学会理事長)、齋藤康・千葉大学医学部付属病院長(日本肥満学会副理事長 日本動脈硬化学会副理事長)、渡邊昌・国立健康・栄養研究所理事長

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 ご意見・お問い合わせ・情報等は、郵便もしくはFAXで。《〒100−8079 産経新聞メタボリックシンドローム撲滅実行委員会事務局》(FAX03・3243・1800)まで。

(2006/07/14)