この連載でも病気の「予防」の話を何回かしてきた。ところで、その予防をすべき病気とは何なのか。あまりに当たり前の言葉なので、誰も疑問に思わないが、ここでもう一度考えてみたい。
三省堂のデイリーコンサイス国語辞典では、「病気」とひくと、(類)やまい・疾病とあり、「疾病」で調べれば、病気(類)疾患とあり、説明にならない。循環してしまう。
「病気」を、同じ三省堂の「大辞林」で検索すると、1、生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし、苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない状態。医療の対象。疾病、やまい。2、悪い癖や行状。「いつもの−が出る」とある。
ここでは1に書かれていることが、われわれの探しているものに近い。
「生体がその形態や生理・精神機能に障害を起こし」とあるのは、確かにそうであろう。医師からみて、何か障害を起こしているはずだ、しかし、障害を起こしていればすべて病気というわけでもない。たとえば、予防が必要とされるメタボリックシンドロームだが、内臓に脂肪が蓄積し過ぎているのが障害とされる。しかし、メタボリックシンドローム自体は病気とはいえない。
次に書いてある「苦痛や不快感を伴い、健康な日常生活を営めない」であるが、これは病気であっても痛みを伴わないものがある。軽度の糖尿病などはこの代表例であろう。
結局、「医療の対象」とあるところがみそである。つまり、医者や学会などの権威が「病気」といえば「病気」になってしまったり、あるいは、医療保険の適用であれば「病気」となってしまったりする面があるのである。
最近の、書き込み式事典とでもいおうか、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」によれば、「病気はあいまいな概念であり、何を病気とし、何を病気にしないかについては、政治的・倫理的な問題も絡めた議論が存在する」とある。
これは、まさに本質を突いた記述ではないだろうか。すなわち何を「病気」と考え、何を「予防」の対象とするかは、絶対的な基準で決まっているわけではない。たとえば、コレステロールが高い高脂血症は30年前には、そんなに注目される病気ではなかったのである。(医学博士 真野俊樹)
(2006/07/20)