産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム 「早期糖尿病」進行を抑えよう

 依然として増え続ける糖尿病。策はあるのか。本格的な糖尿病になってしまうと、完治は難しいとされるが、早期の段階でうまく進展を抑制できれば、「治る」ことも可能だという。日本人の糖尿病対策を探るべく、少量の薬物療法なども交えた大規模臨床試験も始まろうとしている。糖尿病研究で知られ、今回臨床試験に携わる自治医科大学名誉教授の葛谷健氏と埼玉医科大学健康管理センター長の河津捷二氏に聞いた。(大串英明)

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 ≪自治医科大学名誉教授 葛谷健氏≫

 ■少量の薬物投与で治療効果を検証

 −−糖尿病対策は、合併症が大切ですね

 血糖を測って糖尿病の診断をしようという動きが出てきたのは20世紀になってからです。インスリン治療が始まってから、血管合併症としての網膜症や腎症、さらに動脈硬化症も糖尿病になると一段と加速されることが明らかになった。中でも網膜症など糖尿病特有の合併症は、血糖値をきちんと管理したら防げるとわかってきた。そして今度は、糖尿病をより早く見つけて、早いうちから治療を施そうという発想に変わってきたのです。

 −−メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)との関連について

 コレステロールが動脈硬化に悪いことは昔からわかっていた。その後もっと別にいろいろ、血糖・肥満・高血圧などとの関係もはっきりしてきた。おなかの中の脂肪組織から出てきた脂肪酸が肝臓に行ってたまると、脂肪肝になってインスリンの働きが悪くなるし、血液の中性脂肪も増え、ひいては動脈硬化へのさまざまな悪影響を及ぼす。メタボリックシンドロームの日本の診断基準は、IDF(国際糖尿病連合)と数値は違うが、腹囲を前提条件にするなど構造的に非常によく似ている。しかし、NCEP(米国コレステロール教育プログラム)では、血糖・中性脂肪・血圧・肥満を全部平等に扱っており、同じ人が片方の基準では、メタボリックシンドローム、他方ではそうでないということも起こり得る。日本の基準では、女性の方が腹囲基準が大きいということが、ちょっと問題になっています。

 −−メタボリックシンドロームの意義とは

 腹囲を重視することに加え、軽い異常であっても組み合わさってきたらほっておかない方がいいということ。例えば、血糖値が高くて、「糖尿病の可能性を否定できない人(糖尿病予備軍)」が、糖尿病患者と同じくらいいると指摘されている。血圧や血中の脂肪についても同じようなことがある。つまり軽度の異常でもリスクが2つ、3つと重なり合ってくれば、まずいことになるのではないか。そういう点に気づかされたことは非常に意味がある。

 −−糖尿病患者、あるいはその気(け)がある人は、どう気をつけたらいいのか

 まず疑わしきは診療を受けること。医師にずっとチェックしてもらっている患者は、合併症になりにくい。良い主治医を見つけて、治療を続けることが大事です。良くなって治ったように感じるけれども、(糖尿病の)体質が治っているわけではないのですから、定期的チェックを中断してはいけない。

 −−昨今、圧倒的に2型糖尿病が増えてきた

 2型の遺伝素質は、数十年では、そう変わっていないはずだから、考えられるのは環境因子ですね。要するに、生活環境の変化。自動車の発達で歩かなくなったし、食べ物−日本人の摂取カロリーは減っているのに−の中身も動物性に変わって、穀物や繊維性の食品を取ることが少なくなった。今や地方の人の方が都会よりも車に依存していて運動不足なのです。実は世界的に糖尿病が激増していて、特に発展途上国での増加が顕著です。エネルギーをたくさん使って、おいしいものを食べる生活を満喫し始めると、糖尿病が多くなる。これも一種の警鐘ととらえることもできますね。

 −−糖尿病に歯止めをかけるには、どうしたらいいか。年内にはスタートするJEDIS(早期糖尿病進展抑制研究)の統括責任者として、その狙いや概要について

 同じ時期に、厚生労働省による「J−DOIT」という大規模な糖尿病対策の戦略研究も始まりますが、今回私どものJEDISは、これと違ってJ−DOITではカバーされない部分、つまり、「境界型」よりちょっと進んだ「早期糖尿病」の段階で、本格的な糖尿病になるのを防ぐのが目的です。仮に糖尿病になっても合併症を起こさないようにしようというものです。重度の合併症や透析状態になる前に、どうやってストップをかけるか。食事・運動だけの改善指導では、うまくいかない場合も想定して、薬物療法でも、どのくらい効果が上がるか試してみる。世界的にも、この種の研究は前例がありません。

 −−いわば早期発見・早期治療の方法論を見つけ出そうというわけですね

 具体的には、別表のように、糖尿病が見つかってまだ間もない人を対象に、全員に標準的な食事・運動の生活介入を行い、さらに一部では、非常に少量の何種類かの経口血糖降下薬を投与して3、4年、進展抑制の様子をみる。そして空腹時血糖値が140mg/dl以上、あるいはヘモグロビンA1cが7・0%以上になったり、合併症を発症した場合には、これは確実な糖尿病になってしまったと判断するわけです。

 −−糖尿病だといわれても、ほっておく人が多いのではないでしょうか

 未受診者や治療半ばで中断してしまう人が少なくありません。糖尿病といわれても、医師にかかっていない人が半数いるのです。これらを何とか食い止めなければいけない。J−DOITの戦略研究も、中断防止策を重要な狙い目としています。臨床現場では、食事・運動療法だけよりも、何か少しでも薬物療法を施している方が、中断が少ないという傾向にあるのですね。それがコストも安く安全な薬物で防げるなら、それもいい試みだろうと思うわけです。

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【プロフィル】葛谷健

 くずや・たけし 東京大学医学部卒業。同大附属病院第3内科入局、ワシントン州立大学医学部研究員、自治医科大学内分泌代謝科教授などを経て現職。藍野加齢医学研究所糖尿病センター長。現在の糖尿病診断基準の作成委員長を務めた。専門は、インスリン分泌、糖尿病の成因など。

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 ≪埼玉医科大学健康管理センター長 河津捷二氏≫

 ■「食事と運動」の組み合わせ大事

 −−軽症糖尿病の研究を長年続けられていましたね

 「軽症糖尿病」というと、合併症がまだ出ていないという意味合いが強いが、合併症が出てくる時期も個人差があって、発症時期の推定にも5〜10年の誤差がある。しかし日本では健診がよく行われていて、早期から糖尿病の発症時期をとらえることが可能になってきた。「発症してから、まだ間もない」という意味で、軽症糖尿病というより、「早期糖尿病」という概念のとらえ方をしています。今日では、健診による個々人の過去のデータも集積して、早期に糖尿病の進行を抑えようという機運が高まってきた。

 −−日本人は、ことに糖尿病になりやすい

 白人と比べてインスリン分泌力が体質的に弱く、肥満でない人が2型糖尿病であることも少なくない。糖尿病の人のBMI(肥満指数)の平均値が24ぐらいですから。生活レベルとともに栄養状態も良くなった昨今、肥満の程度がだいぶ違っても、米国と同じくらい2型糖尿病が多いという統計数字もある。腎症や網膜症、そして動脈硬化などの合併症になる頻度も欧米と大差がない。

 −−メタボリックシンドロームと早期糖尿病の関係について

 メタボリックシンドロームは、症候群であって1つの疾患ではないが、それらの集積を見ることによって、動脈硬化のリスクが測れる。糖尿病の発症の際には、メタボリックシンドロームと重なることも多く、もともとメタボリックシンドロームは、インスリン抵抗性(インスリンの効きが悪いこと)を基本的に有しているので、糖尿病の体質を持っている人は、病態が進行・悪化することは避け難い。

 −−肥満と糖尿病の関連性については

 肥満がある場合、糖尿病の起こる確率は、肥満でない人に比べ3〜5倍高まることが知られている。皮下や筋肉内の脂肪でも内臓脂肪でも、もちろん脂肪がたまると、インスリンの働きが悪くなるということが基本にあるわけです。健診で初めて糖尿病と指摘されて減量・運動したら、まったく正常に戻ったというケースが随分とあります。糖尿病は「治らない」といわれますが、考えようによっては、「治る」のです。そして、これを維持する努力が大事です。

 −−指導内容は

 やはり食事療法と運動療法双方の組み合わせが大事です。ウオーキングなども非常に有効で、それも発症早期、糖尿病になってすぐに対応した方が確実にレスポンス(反応)がいい。放置すると、病状が進展するにつれ、膵臓(すいぞう)のベータ細胞が疲弊してきて、インスリンの分泌が悪くなると同時に、薬の反応も鈍ってくる。コントロールの悪い人ほど、そういう傾向にある。いい状態を長持ちできるようにするのが、今の2型糖尿病に対する治療の基本なのです。

 −−糖尿病は早期に対処すれば治ることも可能だと

 100%とは言い難いが、環境(生活習慣)因子が大きい人は、それだけ治る確率が高い。一生発症しないで済むこともあり得る。現に、米国の臨床試験では、適切なエネルギー(カロリー)を取り、必要な運動をしたら、糖尿病の発症が半減したという結果も出ています。日本で進めることになったJ−DOIT1・2・3研究は、糖尿病の発症抑制、未受診(中断)者対策、合併症抑制といった糖尿病対策の総合プロジェクト。それに私どもの関係するJEDISは、J−DOITのそうした予防対策のほぼ中間に位置する。つまり発症早期にいかに食事・運動療法や少量の薬物療法でコントロールしたら糖尿病の進展を抑制できるか。ともに日本の糖尿病の深刻な事態を反映して、早めにフィールドバックできるエビデンス(科学的根拠)を得ようというわけです。

 −−JEDIS研究では、運営責任者のひとりでもありますね。研究内容は

 JEDISで扱う対象者は、初めて糖尿病と診断された人で、ブドウ糖負荷試験2時間値が高く、食後高血糖タイプの人。なぜならば、空腹時血糖値が低くても2時間値が高いと血管合併症を起こしやすい。また、日本人は、圧倒的に食後高血糖タイプが多くて、空腹時血糖値だけで診たら糖尿病を見逃す恐れがあるからです。そして対象者を肥満とやせに分けて、生活習慣改善指導のみ、あるいは加えて薬物服用をしてもらい、これらの治療法によってどう効き目が違うかみる。

 −−JEDISにおける薬物療法について

 3種類の薬を使います。インスリン分泌を促すスルホニル尿素薬、吸収を遅らせる2糖類分解酵素阻害薬、それにインスリン抵抗性を改善するビグアナイド薬を選び、それらの進展抑制への効き具合をみる。インスリンの作用が足りない糖尿病の場合、腸からブドウ糖が吸収されると、それが肝臓で十分に代謝されずに血中に回って血糖値を上げてしまい、食後高血糖になる。そこでインスリンの作用不足を助けて、糖尿病の進展を抑制しようというわけです。

 −−どういう結果が期待されるのか

 今回の研究は、あくまで普通の日常診療の中での試験という考え方で行われます。3年ほどのフォローアップで、標準的な生活習慣改善だけの群よりも、適正な量での薬物介入群の方がよいのではないかと推測しています。早期糖尿病の時期からの適切な対応が、より良い状態を維持できることを実証したい。  

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【プロフィル】河津捷二

 かわづ・しょうじ 東京大学医学部卒業。埼玉医科大学健康管理センター長兼総合医療センター内分泌糖尿病内科教授。糖尿病・人間ドック専門医。日本糖尿病協会理事、日本肥満学会評議員など。軽症糖尿病研究では、わが国でも第一人者。

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 【JEDIS(早期糖尿病から確実な糖尿病への進展抑制試験)の主な研究内容】

 ▼対象者 30〜69歳の男女▽高度肥満(BMI35以上)、極度のやせ(同18・5未満)は除く▽糖尿病性合併症がなく、過去6カ月以内に糖尿病型(空腹時血糖値126mg/dl未満、ブドウ糖負荷試験2時間血糖値200mg/dl以上)と指摘された人、ヘモグロビンA1c6・9%以下

 ▼介入方法 (1)食事・運動療法による標準介入法▽1日1万歩、早歩きなど有酸素運動を週に150分以上▽脂肪エネルギー比25%未満▽肥満者は5%以上の減量▽食物繊維摂取1日20グラム以上▽適正飲酒など(2)薬物介入法▽(1)に加え、スルホニル尿素薬(グリミクロン)、ビグアナイド薬(メルビン)、2糖類分解酵素阻害薬(グルコバイ)のいずれか1つの服用。対象者は、BMI24で区分後、上記(1)、(2)のいずれかに割り付けられる。

 ▼エンドポイント(試験終了点) 確実な糖尿病への進展(空腹時血糖140mg/dl、あるいはヘモグロビンA1c7・0%以上)▽腎症および網膜症、大血管障害の発症

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 ■「撲滅運動キャンペーン」に取り組んでいます。

 産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。詳しくは、メタボリックシンドローム撲滅委員会専用ホームページ(http://www.metabolic−syndrome.net/)に掲載されています。

 【主催】メタボリックシンドローム撲滅委員会、産経新聞社、フジテレビジョン、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ

 【後援】厚生労働省、日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本血栓止血学会、日本心臓病学会、日本医師会、日本臨床内科医会、日本歯科医学会、日本歯科医師会、日本歯周病学会、日本抗加齢医学会、日本CT検診学会、日本健康運動士会、健康・体力づくり事業財団、日本糖尿病財団、日本心臓財団、日本栄養士会、日本薬剤師会、日本フィットネス産業協会、日本製薬工業協会、サンケイリビング新聞社、扶桑社

 【メタボリックシンドローム撲滅委員会】◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)◇委員 春日雅人・神戸大学医学部付属病院長(日本糖尿病学会理事長)、藤田敏郎・東京大学大学院教授(日本高血圧学会理事長)、北徹・京都大学理事・副学長(日本動脈硬化学会理事長)、齋藤康・千葉大学医学部付属病院長(日本肥満学会副理事長、日本動脈硬化学会副理事長)、渡邊昌・国立健康・栄養研究所理事長

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 ご意見・お問い合わせ・情報等は、郵便もしくはFAXで。《〒100−8079 産経新聞メタボリックシンドローム撲滅実行委員会事務局》(FAX03・3243・1800)まで。

(2006/09/09)