■ホルモンが食欲を調節
肥満研究が進む中で、世界中の研究者が血眼になって探している体内物質がある。食欲を調節したり、蓄積した脂肪が健康に悪影響を与えたりするとき、引き金になるさまざまな種類のホルモンだ。
これらの物質をひとつでも捕まえて、内臓肥満にかかわる働きや、分泌量の増減によりどのような影響が出ているか解明できれば、動脈硬化につながるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の症状を改善する診断や予防治療の薬として使えるからだ。
オーストラリア・シドニーで開かれた第10回国際肥満学会では、この分野でも日本人の業績が大きく評価された。基礎医学研究に贈られる「ヴェルトハイマー賞」に輝いた国立循環器病センター研究所の寒川(かんがわ)賢治副所長。食欲増進などの重要なホルモン「グレリン」を世界に先駆け見つけた。授賞式では「独自の研究による成果は肥満の診断や治療の発展に大いに貢献するだろう」と称賛された。
寒川氏が「グレリン」を発見したのは平成11年。グレリンと結合する受容体の方が先に脳内で見つかっていたことから、研究者はこぞって脳を標的に探索したもののなかなか見つからない。そこで、寒川氏は「先入観にとらわれない柔軟な発想と、脳内は調べつくしたという自信」から、脳以外の臓器に存在するのではないかと考えた。心臓、胃などの臓器にも受容体があったからで、調べたところ予想通り、誰も考えていなかった胃で大量に生産されていた。
グレリンは、アミノ酸が28個つながったペプタイドという小さな分子だ。エネルギー不足になると、分泌量が増えて脳の食欲中枢を刺激し、満腹すると減る。ところが、肥満者はこの増減が少ない。このことから、肥満の程度の診断に使える。
通常、このようなホルモンは血液に運ばれて脳に到達するが、グレリンは胃の周辺の受容体にも結合し、脳までつながった神経を介して刺激するという別ルートがある。このルートを使って効率よく機能を発揮していることもわかった。
つまり、食欲増進の薬として使うさいに、直接、脳内に注入しなくても静脈注射で投与するだけで効果を発揮し患者の負担を軽減する。
「体内のホルモンなので、基本的に健康を維持するように作用しており、副作用は少ないでしょう。拒食症の治療に使えるか、検討しています」と寒川氏。
肥満にかかわるホルモンは1994年にロックフェラー大学のジェフリー・フリードマン博士が食欲を抑制する「レプチン」を発見し、「容易にダイエットができる」と大きな反響を呼んだ。この分野の研究者を増やすきっかけにもなった。
それから、10年余しかたっておらず、今後も新たなホルモンが相次いで見つかり、肥満の解消や病気の治療につながるホルモンのネットワークが解明される可能性がある。事実、グレリンとレプチンは機能が対抗しており、どちらか多い方に食欲の増減がシフトすることがわかってきた。
今回の学会では、大阪大学の研究グループが発見した「アディポネクチン」は内臓脂肪組織から分泌されるタンパク質もクローズアップされた。「アディポネクチン」は動脈硬化や糖尿病の発症を抑える作用がある善玉だ。ところが、脂肪組織が肥大すると減少して効果がなくなってしまう。現段階ではアディポネクチンの量をはかり、メタボリックシンドロームオ元凶、内臓肥満の程度を調べる検査薬に使われている。
体内の多種多様なホルモンが肥満研究の視野に入ってきた。それは、最先端のバイオ研究から、飽食社会の病理を裏づける科学的なデータを提供するとともに健康な社会への道筋を示すだろう。=第4部おわり(飽食社会取材班)
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この連載は、坂口至徳、大串英明が担当しました。
(2006/10/05)