産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム 「長寿国・日本」が危ない!(2−1)

 ■増える心筋梗塞 肥満対策、子供への「食育」重要

 メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の診断基準に入っていないからといって、コレステロールを無視していいわけでは決してない。動脈硬化というのは、基本的に動脈の壁にコレステロールがたまる病気で、中性脂肪などが高くなると、その裏で、超悪玉コレステロールが増えて、それがどんどんコレステロールを運び込み動脈硬化を引き起こす原点ともなるからだ。食の欧米化などでコレステロール値も増えて、大人も子供も肥満度がうなぎ上り。かつて欧米で多いといわれた心筋梗塞(こうそく)が増え続けている、いやな兆候もある。10年後、20年後を見越して、今からこうした「食育」や生活習慣の改善に国民運動で取り組まねば“日本の長寿”も危ういと思わざるを得ない。(大串英明)

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 【帝京大学医学部・寺本民生教授に聞く】

 −−いま、なぜメタボリックシンドロームなのか

 世界的に脳血管病も含めた心血管病が非常に増えているのが現状です。欧米諸国だけでなく、日本、東南アジア、特に中国・インドで急増しており、WHO(世界保健機関)の2002年のワールドヘルスリポートも緊急課題として取り上げた。1980〜90年代にかけては、日本や中国は本当に心筋梗塞が少ない国として不思議がられていましたが、21世紀になると、大きく変わってきてしまった。そのころから日本人の肥満度は、40代を中心にうなぎ上りに多くなり、コレステロール値も上昇して動脈硬化性疾患が増えてくる。その中で肥満との関係が大きくクローズアップされてきたのです。肥満対策を大きく掲げた国のプロジェクト「健康日本21」もうまくいかずに、現実には増加している状況の中、メタボリックシンドロームは、内臓脂肪という科学的な根拠をもって、おなかの胴回りというわかりやすい目標値を設定したので、国レベルの健康施策として受け入れられているのでしょう。肥満の帰結としての動脈硬化症を予防できるとなれば、国民の健康とともに医療費の削減にもつながるわけですから。

 −−でも、徹底しなければ

 高脂血症の専門家としていつも思っていましたが、こうした対策は国民運動にならない限りうまくいかない。その点、米国は徹底している。1980年代、留学中にスーパーに行くと、お客が食品の背表紙で含有のコレステロールや飽和脂肪酸の量を見て買い物をしているのです。禁煙対策も官民一体のすごい勢いだった。結局1970〜90年代にかけて、米国民の心筋梗塞による死亡率は半減しました。コレステロールも見事に下げて、日本人のコレステロール値とほぼ同等の状況となっています。

 日本では、減塩対策によって脳出血を70%も縮めた実績がある。ですから、やれないことではないのですが、こうした心血管病の引き金となる生活習慣を改善するには、ものすごいインパクトが必要で、コレステロールのことについても、常に国民運動にならなければと思っていたわけです。

 −−日本人は、脳卒中が特に多かった

 東北では、よく「当たる」という言葉を使っていました。「当たる」というのは、脳出血を起こすこと、脳卒中のことです。それだけ、塩からいものを食べる東北には多い疾患だったということですね。ところが1980年代から日本にも心筋梗塞が増えてきた。1970年代当時にはまれであったが、最近、病院にも日に何人もやってくるありさまです。「JTOS」など日本人対象の大規模臨床試験でも、心筋梗塞の増加が証明されつつある。「疫学的変遷」という用語もありますが、日本もどんどん変遷を遂げていて、医師も認識していないと、間違った判断を下す可能性があります。

 −−肥満に関しては

 米国でも、残された最大の健康問題が肥満。ブッシュ大統領も、最初の演説で「21世紀の戦いは、肥満との戦いだ」といっています。「サイエンス」という科学雑誌では、2050年ぐらいになると、恐らく平均寿命が短くなると予測しています。どこの国でも少しずつ寿命が延びているのに、そういう見方が出てくるのは、今の子供たちの肥満を考えざるを得ないからなのです。日本の将来を考えたら、そこが重要になってくる。現在、40代の人たちが次の日本を担う子供たちを育てている。その人たちが子供に対してどういう教育(食育)をしているかが重要なのです。結局、日々の食事というのは、そう簡単に変えられないものなのですよ。

 −−米国の文化生活は、あこがれでもあった

 皆、アメリカ的になろうとしてきたわけです。それが食生活にも表れてきたし、実際コレステロール値などで、そのツケが回ってきた。その典型が沖縄の「26ショック」です。昭和の時代には、全国長寿の1位(男性)だった沖縄が、平成12年には、26位まで落っこちた。ファストフードの最初の上陸地ですし、アメリカ生活にも親しい環境などがあったからでしょう。当時の肥満度を調べると、沖縄が日本一だったことがわかる。沖縄がずっと1位を保ってきた昭和の時代、昔の暮らしをしていた長寿の人たちが亡くなり始めると、一気に平均寿命が落ちたということなのですね。

 −−子供たちの肥満度も

 今、問題となりつつあるのは、子供たちの肥満。肥満度の割合は、昭和50年代と平成7年を比較しても、平均3〜4倍になっている。急速に肥満児が増えてきているのです。現実問題、その子供たちが大人になるときは、大変なことになるのではないか。メタボリックシンドロームという概念は、大人を啓発することに重きを置いていますが、子供たちにも波及することを考えて、「食育」もかませた二段構えの対策が必要となってくるでしょう。

 −−ところで、メタボリックシンドロームの診断基準では、LDLコレステロールが入っていません

 第一に、LDLコレステロールが高いということが動脈硬化に関係することは、もう確立された事実なのです。米国や日本のデータでも、疫学的にきれいに相関関係が出てくるし、LDLを下げるスタチン系の薬で動脈硬化を予防できるなど、疫学的には裏表から証明されたということになっているのです。だけれども心筋梗塞は完全にはなくならないわけで、もう一歩進んで考えたとき、病態としてLDLとはもう一つ別に独立した形で動脈硬化を起こす病態があるのではないかと。それがメタボリックシンドロームと考えられる病態なのです。その双方で動脈硬化を引き起こすことになる。

 LDLが強い危険因子であることに間違いはないが、そのことはちゃんと頭に置いて、それに加えて、メタボリックシンドロームのことも考えましょうというのが、今回の診断基準の大きな意味合いであることも確かなのです。「ビヨンド・コレステロール」という言い方もありますが、コレステロール対策はきちんとやりながら、より繊細に診療していこうというときに、メタボリックシンドロームを重点に考えていかなければということなのですね。

(2006/12/22)