産経新聞社

メタボリックシンドローム

【試行私考 日本人解剖】第2章 機能・体質 運動能力「筋肉」

 ■加圧運動で筋力アップ

 体を引き締めて健康を維持しようと、スポーツクラブなどで体を鍛える人が日本でも増えている。メタボリックシンドローム(内臓肥満症候群)のように、じわじわと体をむしばむ脂肪と対照的に、筋肉と筋力は体力の基本。しかし、適度なトレーニングがなぜ健康によいのか、どうすればいいのか、そうしたメカニズムや方法は案外知られていない。(守田順一)

 ◆世界と互角

 筋肉美を競うボディービル。その本場、米ロサンゼルスに乗り込み、1994年、ワールドジムチャンピオンシップス世界大会ミドル級で優勝した安田強さんは、日本人の体が世界に通用することを印象づけた1人だ。現在はトップビルダーとしての経験を生かし、フィットネス関連商品を扱う会社「ストロング」(大阪市都島区)を経営している。

 「アメリカはジムやトレーナーのレベルだけでなく、気候から健康に対する意識まで、あらゆる面で環境が整っていた。自分の環境を自分でつくれるものが勝つ。世界大会で優勝し、人種の“壁”を超えたと思った」

 安田さんによると、ボディービルの世界では白人は全身の中で胴が太い▽黒人はふくらはぎが細い−などの“弱点”がある。アジア人は比較的胴が長いが、バランスよく体を鍛え、丸みのある体のラインを繊細に表現することでハンディも克服できるという。

 安田さんがトレーナーに選んだのは、肉体派スター、A・シュワルツェネッガーのライバルで、ヘビーデューティートレーニングの考案者、マイク・メンツァー氏。世界レベルで競うには当然、ハードなトレーニングも必要だが、そこで学んだのは、十分な休養と目的を持って取り組む精神面の大切さだった。安田さんは「体を鍛えることは、何をどう食べるか、どう体をコントロールするかという自分の肉体との対話であり、自分を内側から変えることなのです」と話す。

 ◆パワーアップ担う速筋

 筋力は、筋肉を収縮させたときに出せる力。筋肉の断面積1平方センチあたりの筋力は約6キログラムといわれ、個人差は少ない。速筋と遅筋、中間的な存在の中間筋とがあり、速筋は疲労しやすいが、瞬発的にパワーを発揮できる。遅筋はパワーは劣るものの、酸素がなくても糖を使って活動するため持久力がある。

 遅筋は太くならないため、筋力アップには速筋を活動させ、太くする必要があるが、最大筋力をかけないと発達しない。スポーツ選手がウエートトレーニングでパワーアップを図るのはそのためだ。

 速筋を太くしたい人にとって、「加圧トレーニング」は、日本で発明された最も画期的なトレーニング法だろう。手足の付け根を特殊なバンドで締め、筋肉の中を流れる血液を適度に制限して手足を動かしたり、加圧と除圧を繰り返したりして、成長ホルモンの分泌を促進。短い時間、しかも軽い運動で激しい運動以上の効果を得るものだ。

 「正座して足がしびれたときに筋肉が張る状態をヒント」に、ボディービルダーでもあるサトウスポーツプラザ(東京都)の佐藤義昭さんが、自らの体を使って約40年前に発明。東京大の石井直方教授(運動生理学)との共同研究では、平均60歳の女性20人が4カ月間で最大30%、上腕二頭筋が増大するなどの結果が得られた。プロゴルファーの杉原輝雄氏が実践していることでも知られる。

 ◆カギは成長ホルモン

 加圧トレーニングが効果を上げる仕組みはこうだ。

 血流を適度に制限して運動すると、遅筋の酸素が維持できず、速筋が活動する。同時に「疲れ」を感じさせる筋肉内に乳酸が蓄積されることで脳がだまされ、多量の成長ホルモンが分泌される。

 加圧運動後の成長ホルモン濃度は、通常運動の約10倍、安静時の約290倍に及ぶ。加圧後は末梢の毛細血管にまで血液が回るようになり、血行も加圧前に比べ約70%促進される。

 「成長ホルモンは脂肪を分解し、筋肉をつくり、骨密度の上昇やケガなどの回復に効果がある」と佐藤さん。加圧トレーニングは、筋ジストロフィーや脳出血患者らのリハビリなどにも用いている。また、平成16年からは東大医学部付属病院の「22世紀医療センター」プロジェクトの1つとして講座も設けられ、先進医療としての注目が集まる。さらに、筋力や骨量の減少が問題になる宇宙飛行士向けのトレーニングとしても本格的な研究がスタートしている。

 佐藤さんは「加圧トレーニングは東大などの協力でメカニズムが解明され、スポーツや医療、介護予防、ダイエットなどさまざまな分野に有効なことが分かってきた。ただし、安全かつ効果的にトレーニングするには加圧の有資格者から指導を受けてほしい」と話している。

(2007/02/12)