産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム 防げ!!心血管疾患(2−1)

 【対談】

 □慶應義塾大学名誉教授・猿田享男氏

 □佐賀大学医学部教授・野出孝一氏

 メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)になれば、軽度の高血圧、高血糖などでも動脈硬化を引き起こすことがわかってきた。こうした生活習慣病や患者予備軍の勢いは止まらず、かつて少なかった心筋梗塞(こうそく)も増えつつあり、日本人の寿命も短くなり始めた。一体何が起きているのか。どうしたら「健康寿命」を保てるのか。元高血圧学会理事長で慶應義塾大学名誉教授の猿田享男氏と佐賀大学医学部内科学教授の野出孝一氏が語り合った。(大串英明)

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 ■社会全体が運動不足 猿田氏

 ■不規則な生活が問題 野出氏

 猿田 国の病死統計を見ますと、今まで日本人の寿命は、順調に延びてきたのが、2005年には少し短くなり始めています。その年には、高齢者の肺炎死亡者が多かったのですが、脳卒中は横ばいなのに、心筋梗塞は逆に増えている状況です。メタボリックシンドロームが色濃く反映してきているのでしょう。糖尿病・高血圧・高脂血症などを事前に食い止める対策が急務となってきたことは明らかです。

 野出 以前は脳梗塞が多かったのに最近では、若い男性でも心筋梗塞が増えてきました。脳梗塞に関しても、細い血管に起こる「ラクナ梗塞」という小梗塞が多かったのですが、最近では、太い血管の動脈硬化で起こる「アテローム(粥(じゅく)状)血栓性の塞栓」が増えてきています。日本人の病気の中身も変わってきていると思います。顕著な例が沖縄県で、以前は世界的にも長寿の地域だったのが、平成12年には、沖縄県の男性寿命が一気に26位に落ちました。沖縄は、戦後いち早く欧米の食生活に変化し、その年代の世代が今、ちょうど60歳を迎えています。若いときの食生活の影響が今ごろ、出始めてきたと推測されます。

 猿田 もう一つは車社会が浸透してきて社会全体が運動不足になっていること。これも生活習慣病増加に関係していると思います。

 野出 私も大阪にいたころと比べますと、九州の方が歩かない。地方の方が、かえって運動不足です。以前の日本人のライフスタイルは、スローライフとも呼べるものでしたが、昨今は、24時間コンビニなど便利な半面、不規則な生活が、肥満や動脈硬化につながっているのではないでしょうか。

 猿田 今の中年世代が一番問題で、日本人の糖尿病に関する大規模臨床試験(JDCS)でも、中年を境に、心血管疾患が増えてきています。また、糖尿病患者では、脳梗塞と逆転して心筋梗塞が増えています。

 野出 以前、閉経後の日本女性は、比較的心血管疾患は少ないといわれていたのに、糖尿病になると、男性と同じくらい心筋梗塞が増えてくる。心血管疾患の中でも糖尿病の重大性が日々増してきているのです。

 猿田 糖尿病について、以前は網膜症や腎症などの細小血管系の疾患対策が重要視されたが、今は心筋梗塞・脳卒中など大血管に起因する疾患が起こる率が高く、そういう原因も食生活や運動不足などが関係しているのでしょう。

 野出 例えば日本人は、(膵臓(すいぞう)内にある)β細胞からのインスリン分泌は、欧米人の半分以下です。もともと貧しい食生活に耐え得る遺伝子が最近の急激なライフスタイルの変化に追いついていかず、体自体が不適合を起こしているともみられます。

 猿田 高血圧については一番の問題は塩分でした。高血圧学会では厚生労働省とも連動して減塩キャンペーンを繰り広げた結果、以前はだいぶ多かった日本人の塩分摂取量は徐々に落ちてきて現在、11・5グラム。しかしまだ減塩が足りないと、2004年ガイドラインでは、目標値6グラム未満にしています。減塩の結果、著しく脳卒中(脳出血)が減り、日本人の長寿に大いに貢献したことは確かです。

 野出 糖尿病は、高血圧、高脂血症とともにメタボリックシンドロームの下流に位置しますが、一旦(いったん)発症すると、心筋梗塞などの確率が増える病気なのです。メタボリックシンドロームは糖尿病に対する大きなリスクでもあり、予防のために食事療法など啓発していくことが大事ですね。

 猿田 実際、外来の患者さんの指導にあたっていると、血圧・糖尿・脂質の3つのうち、やはり糖尿病の患者さんが一番守りにくいところが見受けられる。食事のカロリー制限や運動療法、それらの証拠として減量が重要ですよ、などと勧めますが、やはり体重が増えてきてしまいます。

 野出 糖尿病は遺伝的な素因が大きいのです。家族に糖尿病のある方は注意して検査をしておく必要があります。生活習慣の改善にも限度があり、ある程度改善してもなお血糖が低くならない場合は、早期に薬を飲んできっちり血糖を下げることが大事です。

 猿田 血圧も同じで、遺伝的な素因がある患者さんには、前もってよく理解してもらったうえで治療しますが、なかなか薬を飲みたがらない。生活指導も含めて、患者さんへの教育も大切ですね。1960年代は、脳出血が多かったので、そのころの高血圧の怖さが今でも染み込んでいて血圧を下げることには熱心。高血圧の定義も徐々に下がり、以前160/95mmHgだったのが、現在、140/90mmHgまでになっています。

 野出 糖尿病の場合は、「空腹時血糖値(診断基準では126mg/dl以上)」だけでは不十分。「食後血糖値」を測ってもらい、できれば、「ブドウ糖負荷試験」で2時間の血糖値(200mg/dl以上)を診ながら治療する必要があります。空腹時血糖だけで糖尿病と診断できるのは半分ぐらい、糖尿病と診断できたうちの4割は、2時間値だけが高いのです。だから実際には、かなりの人が、“隠れ糖尿病”というわけです。メタボリックシンドロームの人は、軽い高血圧や高中性脂肪、肥満だったりするわけですが、このうちかなりの方々が“隠れ糖尿病”だと思います。

 猿田 いわゆるブドウ糖負荷試験の2時間値や食後高血糖の重要性について、私ども一般の医師も理解し、患者さんを説得できるようにならなければと思います。

 野出 そして、医師が必要と判断した場合は決して怖がらずに、早めに治療する方が、かえって長期的には健康寿命を含めて回復するのではないかと思います。例えば、食後の血糖が高い人には、腸からの糖の吸収を抑制するαグルコシダーゼ薬などを早めに使って、食後の高血糖を抑えていくという治療をするケースが多いですね。動脈硬化は、食後のみ高血糖を呈するIGT(境界型・耐糖能異常)、すなわち糖尿病予備軍の段階から始まっていますが、その原因として血管の内皮機能の低下が挙げられます。αグルコシダーゼ阻害薬は、食後高血糖を抑えると同時に、血管内皮機能を早期に改善することも知られています。血管は毎食後、高血糖にさらされ、血管内皮への酸化ストレスや接着分子を惹起(じゃっき)して動脈硬化を引き起こすと考えられているのです。

 猿田 脂質に関しては、LDLコレステロールを下げること自体、まず間違いなくいいことと証明されてはいますが、どこまで下げたらいいかというと、意見が分かれるところです。

 野出 データのうえでは、70ミリグラムぐらいまで下げた方が、動脈硬化のもとになる不安定プラーク(粥腫)の生成を阻止する、つまり心筋梗塞などの発症抑制につながる可能性が高いとみられています。これから、コレステロールの吸収を抑えて血中のコレステロールを減らす吸収抑制薬なども登場してくるので、高脂血症の分野でも期待が持たれています。医療側も高血圧症、高脂血症、糖尿病の3者をまとめて把握したうえで、こうした生活習慣病に対するさまざまな薬をうまく併用すれば、多岐にわたって、独特の相乗効果を発揮することもあります。

 猿田 血圧の場合だと、大体、カルシウム拮抗(きっこう)薬、ARB(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)、ACE(アンジオテンシン変換酵素)阻害薬の3つが妥当でしょう。

(2007/03/09)