産経新聞社

メタボリックシンドローム

全日空機 胴体着陸 摩擦熱、客室にも 緊迫、メモ震え

 「前輪が出ません。胴体着陸します」。旋回を繰り返す機内。冷静に事態をのみ込む一方で心に惨事の情景がよぎり、家族にあててメモを残した乗客もいた。13日、高知空港で胴体着陸した全日空機。「炎上してばらばらになるかも」「もうあかん」…。乗客の証言を基に緊迫の2時間を再現した。

 13日午前8時21分。乗客乗員60人を乗せ、大阪空港を離陸した。スーツ姿の男性ビジネス客が目立つ。わずか40分の短い空の旅のはずだった。二十数分後、今里仁機長(36)が異変に気付く。「前輪が出ない…」

 機長は着陸時の火災リスクを減らすため、燃料を使い切ろうと上空旋回を繰り返した。手動で前輪を出そうと何度も試みるが、「ウイーン」と音がするだけ。機長はアナウンスでトラブルを乗客に伝えた。

 出張で同僚と搭乗していた兵庫県尼崎市の会社員、瀧原勇さん(58)は「ちょっと不安はあったが大丈夫だろうと思った」というが、万一に備え、名刺の表裏に細かい文字で家族あてのメモを残した。

 「トイレに立つ。同僚があおざめてみえる」「急せんかいで高度上昇。機長、乗務員とも冷静なので乗客も冷静」…。

 10時25分。機長は後輪を接地し、衝撃で前輪を出そうとしたが失敗に終わる。兵庫県芦屋市の自営業の男性(47)は「(高知市の)桂浜が見えてから旋回し、1度降りたのにまた上昇した」と話す。

 不安げに窓の外を見詰める乗客ら。滑走路周辺には多数の消防車や警察車両が待機していた。「大ごとと分かって、急に怖くなった」。乗客に焦りが募る。

 胴体着陸を決意した今里機長。落ち着いた声で何度もアナウンスした。「あと10分で燃料が切れます。訓練しているので心配ありません」。大阪府吹田市の商社員は「もうあかん」と恐怖に震えた。

 瀧原さんは「さあどうなる。無駄な抵抗か。前輪なしで着陸するらしい。何度も訓練してるんやて。こんな訓練ほんまにするの?」と名刺に書いた。

 滑走路に向かって再び降下。「前の座席に手をついて頭をかがめてください」。着陸5分前、乗務員が衝撃に備える体勢を指示した。「ネクタイをしている人は緩めてください」。座席の8割方を埋めた乗客は生還を祈り、みな身を丸めた。

 10時54分。ゆっくりと滑走路に入った機体の後輪が着地し白煙が上がる。徐々に機首が下がり接地すると金属音が響いた。「ガリガリ」。黒と白の煙が上がる。摩擦熱が客室にも伝わった。

 「おー」。歓声が上がり、拍手がわき起こる。気丈だった乗務員の目にも涙。今里機長が「火災の心配はありません」とアナウンスすると、男性客の一人は一息つき、携帯電話で妻に無事を伝えた。

 大阪府茨木市の会社員、蔵所佳範さん(34)は「着陸時の衝撃や響きは意外に少なく、いつ胴体が接地したのかは分からないくらいだった」。京都市の会社員、門前要佑さん(25)は「炎上したらどうしようと思った。ホッとしている」と安堵(あんど)の表情を浮かべた。

(2007/03/14)