産経新聞社

メタボリックシンドローム

【試行私考 日本人解剖】第2章 機能・体質 病気「小太りの秘密」

 ■内臓脂肪がもたらす危険

 飢餓に備えてエネルギーを効率よく体内に取り込む特有の倹約遺伝子が相次いで発見され、太りやすさの解明が進む日本人。今回は、糖尿病や高血圧など肥満が誘発する病気を発症しやすい体質に迫る。メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は世界的に注目されているが、その予防が特に大切な民族の姿が浮かび上がってくる。(小島新一)

 ≪少ない善玉≫

 国内では、肥満の基準として日本肥満学会が平成12年に定めた「BMI(肥満指数)25以上」という数値が定着している。一方、世界保健機関(WHO)の基準は「BMI30以上」。25以上は「Preobese」で、肥満「予備軍」に過ぎない(BMI=体重[kg]÷身長[m]の2乗)。

 なぜ日本人の基準は厳しいのか。日本肥満学会理事長の松澤佑次・住友病院院長(大阪大名誉教授)は「BMIでは男女とも最も病気になりにくい22が日本人の標準体重ですが、25を超えると糖尿病をはじめさまざまな疾病を発症するリスクがグンと高まります。そこで数字として区切りのよい『25』を基準として、注意が必要な目安としました」と話す。

 いわば小太り肥満でも病気になりやすい体質の謎を解明する鍵として最近注目されているのが、脂肪細胞から血液中に分泌される「アディポネクチン」というタンパク質だ。平成8年、松澤院長が教授を務めていた大阪大医学部第2内科などが発見し、糖尿病や虚血性疾患、高血圧、脂肪肝などの発症や炎症を抑えることが次々と判明。その作用メカニズムも解明されつつある。脂肪が分泌する生理活性物質は「アディポカイトサイン」と総称され、「善玉」と「悪玉」に大別される。アディポネクチンは前者だ。

 「実は日本人は、この善玉タンパク質の分泌が欧米人より少ないのです」と松澤院長。

 ≪欧米人より蓄積≫

 「同じ腹部の肥満でも、皮下脂肪が多い欧米人に比べ、日本人、特に男性では内臓脂肪がより多く蓄積されることが分かってきました。そして不思議なことに、アディポネクチンは脂肪から分泌されるにもかかわらず、内臓脂肪が増えると分泌量が下がるのです」

 その実証例が、滋賀医科大の上島弘嗣教授や門脇祟助手らが昨年、海外の医学誌に発表した日米共同調査だ。40代の日本人と米国の白人男性計416人を腹囲によって4群に分けて内臓脂肪を比べたところ、どの群でも日本人の方が内臓脂肪の面積および対皮下脂肪面積比が大きいことが分かった。特に腹囲の細い2つの群では、内臓脂肪面積が皮下脂肪を上回った。

 また、日米の40代男性各約100人を腹囲で3群にわけてアディポネクチンの血中濃度を調べたところ、いずれの群の平均値も日本人は米国人より低く、60−49%しかなかった。

 「日本人が他の民族と比べても内臓脂肪の蓄積によるメタボリックシンドロームの危険性に注意すべきなのは明らか。アディポネクチンはその診断にも役立つと期待されます」と松澤院長はいう。

 ≪大太りしない?≫

 日本人は太りやすいと言っても、欧米人のように「巨体」レベルの人は少ない。欧米では人口の20−30%がBMI30以上なのに対し、日本では2−3%に過ぎない。

 上島教授は「日本人も欧米並みに太りうる」と警告を鳴らす。ハワイに移住した日本人の子孫である日系人のBMIを調べたところ、欧米人の平均に近い「27」だった。「日本人の遺伝的体質を持つ日系人でもそれだけ太る。日本人が小太りどまりなのは、アメリカほど車に依存せず、自ら動く環境が残っていることや食生活の影響と考えられます」。

 一方、前回紹介した「β3アドレナリン受容体」の遺伝子変異体をはじめとする日本人の倹約遺伝子とは逆に、欧米人が持つ倹約遺伝子が彼らを大きく肥満させていると考えるのは、京都大名誉教授の清野裕・関西電力病院院長。グルコース依存性インスリン分泌刺激ポリペプチド(GIP)と呼ばれるホルモンに関わる遺伝子がそれだ。

 GIPは栄養素、特に脂肪摂取が刺激となって十二指腸などから分泌され、糖と脂肪の脂肪細胞への取り込みを促進し肥満の引き金となる。肉食中心の欧米人はこのホルモンの分泌が盛んで、古来、穀物中心の食生活だった日本人はGIPの分泌が少ない。そのため日本人の肥満度は欧米人より低いのだという。

 清野院長は、血液中の糖分をコントロールするインスリン分泌量が日本人は欧米人の半分から4分の3程度しかないことを1970年代に突き止めた。インスリンが多く必要となる肉食中心の食生活になった戦後の日本人に糖尿病が急増しているのもこのためだが、GIPにはインスリンの分泌を促す作用もある。

 「日本も飢饉はあったがヨーロッパほどひどくはなく、稲作などで一定の食糧が確保できたという見方をすれば、倹約遺伝子が必要だったのは白人。日本人がどんどん肥満しているか、欧米人に比べて肥満の進行は少ないと考えるかによって、倹約遺伝子の意義付けも異なります」

 人の健康状態や病態を決定づける遺伝子や生活習慣との関連は、多様な角度から考える必要がありそうだ。

(2007/03/19)