産経新聞社

メタボリックシンドローム

【人生遊あり 趣味の達人が行く】高千穂遙 自転車(1)

 ■“メタボ”からの脱出

 50歳になってから、スポーツ自転車に乗るようになった。

 日本でもっとも売れている自転車は買物自転車、いわゆるママチャリという車種である。買物自転車は、自転車が歩道を走るという、世界でもまれな特殊状況によって生まれたもので、日本にしか存在していない。

 スポーツ自転車は、長距離を快適に走るためにつくられている。自転車は本来、自動車やオートバイと置き換えることができる長距離移動用の乗り物なのだ。50キロメートル、100キロメートルは当たり前。1日に200キロメートルという距離を自転車で走ってしまう人もたくさんいる。スピードも速い。時速30キロメートルオーバーはごく普通の速度だ。

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 わたしがスポーツ自転車に乗るようになったのは、健康診断ででてきた数字が予想外に悪かったからだ。コレステロール値と血圧が高く、脂肪肝を指摘され、ウエストサイズは90センチに達していた。明らかにメタボリックシンドロームである。体重は84キログラム以上。体脂肪率は24%だった。

 これはまずいということで自転車に乗ることにした。首と腰に椎間板(ついかんばん)ヘルニアがあるため、長時間歩いたり、走ったりすることができない。しかし、自転車なら大丈夫だ。腰痛や膝痛があっても、体力に合わせた乗り方で有酸素運動を長い時間つづけることができる。名所旧蹟(きゅうせき)巡りやバードウオッチング、名物食べ歩きなど、他の趣味とも組み合わせることが可能だ。

 さっそくクロスバイクという車種の自転車を買った。価格は5万円くらい。これで2カ月ほど近所を走っていたら、すぐに物足りなくなった。クロスバイクは自転車通勤用として、いま売れに売れている車種だ。しかし、この自転車は、わたしにとっては実用的すぎた。

 そこで、ロードレーサーをあらためて購入した。四輪でいうと、F1カーに相当する自転車だ。F1カーを買うことはできないが、自転車は世界のトップ選手が乗っているのと同じものを町のショップで買うことができる。むろん、性能的にも価格的にも、わたしには少し不釣り合いだ。しかし、どうせ乗るのなら、それくらいの自転車で、気持ちよくがんがん走りこみたかった。動機がなんであれ、これはあくまでも遊びであり、趣味である。遠慮は要らない。

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 このロードレーサーで、毎日25キロメートルの距離を走った。距離はやがて40キロメートルになり、50キロメートルになり、60キロメートルになった。そして、2年半がすぎ、気がつくとわたしの体形が激変していた。体重は60キログラム。体脂肪率は9%。血圧もコレステロール値も正常に戻り、メタボリックシンドロームの恐怖からは完全に解放された。いまではこちらから名乗らない限り、誰もわたしだと認識してくれない。まるっきりの別人である。

 自転車のいいところは、家からでたら、即それが運動のはじまりになっていることだ。ジムやプールに行ってから着替えて運動開始というのは、正直、億劫(おっくう)である。その点、自転車なら行って帰ってくるだけですべてが完了する。運動量は距離ではなく、時間とペースで調整するのがよい。わたしは根が競技志向だったため運動強度をあげてしまったが、これは万人向きではない。健康目的ではじめるのなら、のんびりサイクリングに徹するのがいちばん。重要なのは、楽しく走って長くつづけることである。

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【プロフィル】高千穂遙

 たかちほ・はるか 作家。昭和26年、愛知県生まれ。昭和50年代から『クラッシャージョウ』『ダーティペア』など、宇宙を舞台にしたSFファンタジーのシリーズで人気作家に。最近は『自転車で痩せた人』など趣味の自転車に関する著書も多い。

(2007/05/27)