産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム 歯周病

 ■「肥満」と関係、動脈硬化を促進

 歯の病気と思われた「歯周病」が、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の元凶である「肥満」とも密接に関係していることがわかった。一方、重度の歯周病では、動脈硬化を促進することも明らかになってきた。従来、糖尿病との関連が指摘されていたが、最近の研究では、こうしたさまざまなデータから、むしろメタボリックシンドロームの「合併症」としてとらえることが重要ではないか、という見解が広がりつつある。広島大学大学院医歯薬学総合研究科の西村英紀教授に聞いた。(大串英明)

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 □広島大学大学院医歯薬学総合研究科・西村英紀教授に聞く

 ■「生活習慣病」の認識が大事

 −−歯周病は、感染症といわれていましたが

 西村 歯は通常、歯茎とピタッとくっついていますが、その間に、酸素の嫌いな「偏性嫌気性菌」が巣くって溝(歯周ポケット)を広げ、歯の根の周りから炎症を起こして、しまいには歯が抜け落ちてしまう病気で、確かに感染症ではありますが、近年、「生活習慣病」としてもとらえられるようになってきています。

 その理由の1つが、どんなに口の中を汚くしていても歯周病にならない体質の人がいる一方、逆に親子で重症の歯周病になるケースもあります。もう1つは、肥満、糖尿病、それにたばこ、ストレスなどを加えた、いわゆる生活習慣病が密接に関係してくると、歯周病になりやすく、重症化しやすいことがわかってきたのです。複数の遺伝的要因と環境要因が合わさって発症する病気が生活習慣病と定義されます。

 −−例えば、どのくらい生活習慣がかかわっているのか

 西村 糖尿病の人がどれだけ歯周病にかかりやすいかという私どものグループの調査結果では、若年糖尿病患者(平均18歳、I型糖尿病)の16・3%が歯周病にかかります。しかし、健康な人だと、ほぼ同年代、大体30歳以下の人でも罹患(りかん)率は1%以下。歯周病というのは、40歳過ぎてなりやすく、ちょうどメタボリックシンドロームになる年齢とかぶっているのです。

 −−今、肥満も歯周病になりやすいといわれている

 西村 肥満に関しては、九州大学の研究者らの有名な調査結果がありまして、やせている群を1とすると、太っている人は3・4倍、さらに重度肥満の人は8・6倍歯周病にかかりやすいことが裏付けられています。

 −−糖尿病は、6番目の合併症とまでいわれている

 西村 住民のおよそ半数が糖尿病になるといわれている米国のピマ・インディアンの調査結果が最も信頼できる。遺伝的なバックグラウンドが1つで他因子の入り込む余地がないからですが、その調査によると、糖尿病群の方が、非糖尿病群より2・6倍、歯周病になりやすいことがわかった。

 つまり肥満で糖尿病だと、これらの数値を掛け合わせたぐらいの頻度で歯周病になりやすいし、メタボリックシンドロームの人は、なおのこと気をつけなければならないわけです。歯周病というのは、糖尿病の6番目の合併症といわれていたのですが、これからは、メタボリックシンドロームの合併症として考えた方がいいのではないか。歯周病は、嫌気性菌による感染症ではありますが、遺伝や生活習慣が引き金となって発症する生活習慣病としての要素も兼ね備えているという認識が大事なことなのです。

 −−歯周病の嫌気性菌は、強力な毒素を作ると聞いている

 西村 この嫌気性菌は、酸素が嫌いな菌に特有の強力な毒でして、専門用語で「LPS」。「内毒素」と呼ばれています。例えば、高濃度の内毒素を濃縮してネズミに注射すると、ショック死を起こします。人でも抵抗力の弱い高齢者だと、敗血症ショックを起こしかねないのです。中等度の歯周病になると、炎症の起きている歯茎の粘膜は傷つき、容易に出血し、潰瘍(かいよう)状態になる。例えていえば、黴菌(ばいきん)の詰まったバケツの中に、常に手を突っ込んでいるような状態で、内毒素が体内に入ってくるわけです。

 −−内毒素が糖尿病や肥満に関連してくるメカニズムとは

 西村 体内に侵入した内毒素は、毒をやっつける白血球に食われてしまうが、その際、白血球は「(腫瘍壊死(しゅようえし)因子の)TNF−α」という生理活性物質を放出する。TNF−αは、血糖を下げるホルモンのインスリンの働きを悪くするので、血糖が上がってきて糖尿病になりやすくなる。一方、肥満の人は、内臓脂肪がたまっているので、脂肪組織から、白血球と同じ、炎症性の悪質なサイトカインであるTNF−αを放出してくる。つまり、歯周病でも肥満であっても、入り口は違うが、出口からは、同じものが放出されてくる。歯周病も肥満も慢性炎症にかかわる病態なので、こうした悪玉物質が四六時中、出続けることになる。結果的にインスリンの働きが邪魔されて血糖が上がり、糖尿病の温床ともなるわけです。

 ■歯周病治療で糖尿病改善

 −−歯周病を治療すると、糖尿病もよくなるとか

 西村 まず歯周病治療すると、歯周ポケット内の細菌数がたちまち減ってくる。すると、体内の炎症性サイトカイン「TNF−α」の血中濃度が減少し、インスリンの効きを示す指数(HOMA−R)が改善するわけです。歯周病を合併した糖尿病の女性患者(48)の場合は、抗生物質などで治療を行い2年間にわたり変化を見たところ、7%を超えていた血糖値指数の「ヘモグロビンA1c」が6%に下がり、TNF−αの値も減っていた。この女性は、まだ糖尿病の域を完全に脱したわけではないが、ヘモグロビンA1cが1%減ることは、相当意義あることで、手足の切断が40%、失明(網膜症)の原因となる小血管の障害が30%改善されるという海外のデータもあるのです。

 −−歯周病は、動脈硬化の促進因子ともなる

 西村 コレステロールが高いうえに、血糖が上がることによって動脈硬化になり、心筋梗塞(こうそく)などになりやすいことは間違いない。ところが、糖尿病患者で歯周病を持っている群と持っていない群に分け、頸(けい)動脈の狭窄(きょうさく)度を調べたところ、歯周病群は非歯周病群の2倍以上も狭窄していることがわかった。血液中を流れる糖分やコレステロールの量が同じとしても、歯周病が加わるだけで、これだけ狭窄が高進しているのです。恐らく動脈硬化も、前述の白血球がどんどん血管の壁に潜って悪玉のLDLコレステロールをくわえ込み、泡沫(ほうまつ)細胞化してアテローム(粥(かゆ)状)、いわゆる動脈硬化の状態になる。歯周病で産生される内毒素が、こうした反応をものすごく加速しているのではないかといわれているのです。これはピマ・インディアンの場合にも当てはまり、歯周病がひどければひどいほど、心筋梗塞や腎症で死亡する危険性が高いというデータもあります。

 −−まさにメタボリックシンドロームの末路と符合しますね

 西村 歯周病は、“沈黙の病気”ともいわれていて、末期になるまでなかなかわからないものです。歯がぐらぐらしだすと、かなりの末期。嫌気性菌は強烈な臭いを発しますから、家族から口臭を指摘されるような人は、すぐ受診してください。歯周病を予防するには、もちろん感染症ですから、正しい磨き方をマスターするのが一番大事なことですが、現在は生活習慣病というとらえ方も必要で、歯周病になりやすい環境要因、危険因子を減らしていくこと。食事、運動療法をするのは、そのためです。遺伝的な体質は変えようがありませんが、糖尿病や肥満、喫煙、ストレスなどを改善して、歯周病になりにくい体質を作っていくほかありません。

 「健康日本21」という国の施策でも、肥満、糖尿病、高血圧と並んで歯周病が取り上げられています。今、国の一大健康事業として始まろうとしているメタボリックシンドローム予防の一環としても、歯周病への取り組みは、ますます重要なものになってきているのですね。

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【プロフィル】西村英紀

 にしむら・ふさのり 九州大学歯学部卒業。米国コロンビア大学留学、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科助教授などを経て、平成18年に現職(広島大学大学院顎口腔頸部医科学講座健康増進歯学分野)。専門は歯周病学、とりわけ歯周内科学。

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【用語解説】歯周病

 歯周病は、歯と歯肉の間の溝(歯周ポケット)に「嫌気性菌」が巣くって起きる感染症。炎症が歯茎の歯肉組織に限定されているうちは「歯肉炎」、ひどくなって骨組織(歯槽骨)を破壊するまでに至ると「歯周炎」と定義されるが、そこまで重症化すると回復は不可能。進行を食い止めることが治療の目標となる。

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 □「撲滅運動キャンペーン」に取り組んでいます

 産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。詳しくは、メタボリックシンドローム撲滅委員会専用ホームページ(http://www.metabolic−syndrome.net/)に掲載されています。

 【主催】メタボリックシンドローム撲滅委員会、産経新聞社、フジテレビジョン、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ

 【後援】厚生労働省/日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本心臓病学会、日本血栓止血学会、日本歯科医学会、日本歯周病学会、日本抗加齢医学会、日本CT検診学会、日本人間ドック学会、日本総合健診医学会、日本医師会、日本臨床内科医会、日本歯科医師会、日本栄養士会、日本薬剤師会、健康・体力づくり事業財団、日本健康運動指導士会、日本フィットネス産業協会、日本生活習慣病予防協会、全国保健センター連合会、全国保健師長会、日本糖尿病財団、日本心臓財団、日本製薬工業協会/サンケイリビング新聞社、扶桑社

 【協力団体】メタボリックシンドローム・リサーチ・フォーラム

 【メタボリックシンドローム撲滅委員会】◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)◇委員 春日雅人・神戸大学医学部付属病院長(日本糖尿病学会理事長)、松岡博昭・獨協医科大学副学長(日本高血圧学会理事長)、北徹・京都大学理事・副学長(日本動脈硬化学会理事長)、齋藤康・千葉大学理事・副学長(日本肥満学会副理事長、日本動脈硬化学会副理事長)、渡邊昌・国立健康・栄養研究所理事長

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 ご意見・お問い合わせ・情報等は、郵便もしくはFAXで。《〒100−8079 産経新聞メタボリックシンドローム撲滅実行委員会事務局》(FAX03・3243・1800)まで。

(2007/06/04)