産経新聞社

メタボリックシンドローム

メタボリックシンドローム撲滅 特定健診・特定保健指導、来年スタート(2−1)

 ■5600万人対象 世界初の大プロジェクト

 ■「健康社会」実現へ画期的試み

 心筋梗塞(こうそく)、脳卒中など動脈硬化につながるメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の考え方を取り入れた特定健診・特定保健指導が平成20年からスタートする。増え続ける国民医療費の大幅抑制をねらい、対象は40歳から74歳までの約5600万人と世界でも例を見ない大規模なプロジェクト。生活習慣病の予備群らをみつけ、未然に発症をとどめる予防医学を前面に打ち出し、保健指導を強化した点も健康社会を作り出すうえで画期的な試みだ。平成27年でメタボの該当者や予備群の25%減少が目標だけに、実施を義務付けられた自治体や企業の医療保険者は準備に余念がない。

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 □みずほ大阪健康開発センター所長・廣部一彦氏

 ≪25%減の目標「クリアできる」≫

 −−産業医の立場から見た特定健診・保健指導の特徴は

 廣部 20歳代から60歳代までの働く男性を健診してきて、この20年間で、みんな体重が増え、高脂血症、糖尿病、高血圧の有病率も増加しました。車社会や食生活の欧米化とともに、バブル崩壊後のリストラ、ハードワークという厳しい環境の下で勤労者の運動不足、ストレスによる過食もベースにあると思われる。このような日本人全体の状況に対して、多くの生活習慣病のもとになるメタボリックシンドロームの概念に注目したことは重要です。特に国民の心血管疾患一次予防として、動脈硬化促進因子を早期からチェックできるようになる意義は大きい。もともと国が法律によって健診項目を決め、それを毎年約5000万人も受けている国は世界中どこにもありません。そこにメタボリックシンドロームの概念が入ったので、「生活習慣病の原因は同じ(内臓脂肪蓄積)」とはっきり説明でき、指導しやすい。

 もうひとつ重要なのは、メタボリックシンドロームがリバーシブル(可逆的)であって、悪い病態から脱出できることです。投薬ではなくて食事、運動など生活習慣を改善すればいい。その動機付けとして、腹囲の増減はわかりやすい。理論と科学的根拠がはっきりしているので自信を持って説明できます。

 −−大規模な事業だけに準備は大変ですね

 廣部 企業の定期健診は労働安全衛生法に基づいて毎年行っていて、そこに腹囲の項目を入れたことになるのであまり混乱はないでしょう。産業医が健診によるデータと積極的支援などの判定結果を健康保険組合に提供して、保健指導が行われます。ところが、健保組合では保健師らコメディカルの人員不足が予想されるので、業者に外注するなど対策をこうじなければならない。みずほグループでは積極的支援の一部としてメタボリック健診を別に行っています。また私たちは定期健診段階で情報提供や簡単な動機付け支援などを行っています。

 −−成功させるためのポイントは

 廣部 大切なのは、きちんと健診を行うことです。大企業では健診の受診率が95%に達していますが、30人未満の小企業は約70%、地域住民では20%程度に過ぎません。健診により、自分のデータと簡単なコメントを見るだけでも、生活改善に対する関心が高まってくる。また産業医にとっては、コメディカルスタッフとの連携がとても重要です。

 −−医療の現場から見て健診項目は適切ですか

 廣部 腹囲はベルトの感覚でわかるのでとてもいい。厳密にいえば、悪玉の内臓脂肪と善玉の皮下脂肪の両方を合わせてみているのですが、短期間の腹囲の増減は主に内臓脂肪によるので、男性85センチ、女性90センチにこだわるのではなく腹囲の増減をみればよい。たとえば89センチの人が86センチに減ったら生活改善の効果があり、80センチの人が84センチに増えれば要注意ということになります。ただ、われわれは、3年前から、内臓脂肪量も健診で直接に量っており、今後これが普及すれば、腹囲よりも悪玉を直接的に測るので、より分かりやすい指標になります。皮下脂肪が多い女性の健診などでは特に良いでしょう。

 −−今回の特定健診はどれほどの効果があるでしょうか

 廣部 われわれは定期健診時の腹囲と内臓脂肪量測定と簡単な保健指導により、3年間で男性の腹囲を平均2センチ減らすことに成功しています。ダイエットや自転車の利用が盛んになる健康ブームの風潮もあり、メタボリックシンドロームや予備群を4分の1減らすという目標はクリアできると思います。

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【プロフィル】廣部一彦

 ひろべ・かずひこ 大阪大医学部卒業。同大付属病院助手などを経て、昭和58年から、旧富士銀行大阪健康管理センター所長。現在、みずほフィナンシャルグループ大阪健康開発センター所長、日本産業衛生学会指導医、日本動脈硬化学会評議員。

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 □尼崎市国保年金課健康支援推進担当保健師・野口緑さん

 ≪「早期発見・治療」→「早期介入・行動変容」 指導重視、責任を痛感≫

 −−保健師として新しい健診をどう考えますか

 野口 従来の健診は「早期発見・治療」が目的だったので、「自分は病気じゃないから大丈夫」と行かない人も多かった。これからの健診は「早期介入・行動変容」が目的で、健診結果が生活習慣の結果を表す道具であり、自分の健康を管理するための有用な手段となります。注目しているのは、保健指導を重視した健診に変わるということで、治療から予防重視となり、健康作りが生活の場に戻ってきた印象があります。

 −−保健師の役割が大きくなっていますね

 野口 責任を痛感しています。これまでは、高血圧の人に「塩分を控えてね」と一般的な情報提供だけでよかったのが、これからは、対象者個別に自らが生活習慣を改善していけるように支援しなければなりません。たとえば、ケーキを食べることで1日のカロリーをオーバーするけど、その分を運動で消費するのか、それともケーキを食べるのをやめるのかなど、選択肢を示して考えてもらいます。大変ですが、結果が目に見えて表れるのでやりがいもあります。

 −−来年に備えた準備は進んでいますか

 野口 保健指導の優先順位や内容など、尼崎市としてどうするかを検討中です。これまでの医療費分析で、尼崎では高血圧と高血糖が重なるほど心電図の異常や透析を必要とする腎不全になりやすいことが分かっているので、この2つのリスクの程度で判断しようと考えています。

 また、新しい制度を住民に知っていただくための活動に力を入れています。商工会や商店街など地域で会合があるときに出かけていき、なぜ健診を受けなければいけないのか説明しています。地道にやっていくのが一番効果的です。

 −−受診率を達成するための対策は

 野口 昨年度から始めた「ヘルスアップ尼崎戦略」と名付けた健診事業では、協力企業に「ヘルス−」のロゴを使ってもらっています。このロゴを入れた弁当のメニューも開発をしています。また、ごみ収集車に「健診に行こう」の垂れ幕を張りつけたり、「健診に行こうソング」を流したりすることも考えています。また、健診の受診者に「次はあなたにとって大切な人をもう1人連れてきてください」と頼む「バイバイ作戦」。口コミの力は大きいですから。

 −−健診でメタボはどれぐらい撲滅できるでしょうか

 野口 昨年度の健診で結果説明をした約8割に、数値の改善がみられました。特に男性は、納得すればきちんと実行する人が多い。国の目標達成は、難しくないと思います。

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【プロフィル】野口緑

 のぐち・みどり 昭和61年尼崎市役所入庁、平成12年から職員厚生課で職員の健康管理を担当。健診データの解析により心臓病や脳卒中のリスクが高い人を選んで保健指導し、成果を上げた。17年から現職。

(2007/06/16)