産経新聞社

メタボリックシンドローム

【アクティブシニアの食卓】粗食長寿説(1)日本にはびこる迷信

 日本人は外国人と比較し、“まずいものを我慢して食べ、一生懸命働けば長生きする”という思い込みが強いようです。筆者はこれを粗食長寿説と名付けています。これはもっとも有害なコンセプトなのです。

 欧米人にも、日本人のより弱いにせよ粗食長寿説はあります。アメリカの老年学者モーレイは、この原因として2つのことを指摘しています。

 1つは、根拠のない幻の長寿地域への信奉です。表に挙げたのは、学問的には否定されている幻の3大長寿地域です。このような地域の前近代的な食事を長寿食として信奉してしまうわけです。

 欧米人のもう1つの粗食長寿説の原因として、ラット(ネズミ)のカロリー制限実験をモーレイは指摘しています。ケージの中で好きなだけ食べさせたラットよりも、カロリー制限をしたラットの方が長生きしたという一連の実験です。これを無批判的に人間に当てはめてしまったことが大きな間違いなのです。このことはいずれ詳しく述べることにします。

 日本人の粗食長寿説はもっと歴史も長く根も深いのです。これが根底にあるため、食生活や栄養への迷信が易々(やすやす)と心にしのび込んでくるのです。このコラムでも何回か触れたように、食品を良い食品と悪い食品に分け、特定の食品を忌み嫌う態度や行為もその一つです。とくに食肉と牛乳に対してそれが極端に表れます。最近では、油脂や砂糖への敵害視も顕(あら)わになってきています。

 食品のみでなく、身体的な栄養指標の評価に対しても間接的に粗食長寿説の影響があります。最近かなり克服されてきましたが、血中コレステロールが低いほどよいとする“コレステロールバイ菌説”然りです。また、ヤセていることの害を問題にせず、平均より太っている人をすべて異常とするメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の考え方も同類です。

 これからしばらく、日本人の粗食長寿説の系譜について述べてみたいと思います。歴史を辿(たど)ってみると、2000年近い年月をかけて粗食長寿説が完成していることが分かります。

 筆者なりに時代のエポックを整理してみると次のようになります。

 (1)縄文時代が終わり弥生時代に入り米作・米食が中心となったことにともなう変化。とくに大和朝廷の完成の途上に伝来した仏教の影響とされる食肉禁止令の影響。

 (2)江戸時代の貝原益軒などのイデオローグによる一種の愚民政策ともいえる粗食長寿的養生訓。

 (3)戦後の欧米からのコレステロールバイ菌説的コンセプトの伝来。

 次回から3回にわたり、各々について紙面の許すかぎり詳しく述べます。

 昭和40年に医学部を卒業するまで、筆者も一部粗食長寿説に毒されていました。医学部には栄養の講義がないためです。医者になってからいろいろ学ぶことにより次回から述べるようなことを知りました。(桜美林大学大学院老年学教授 柴田博)

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≪幻の世界3大長寿地域≫

地域      国名      食習慣など

ビルカバンバ  エクアドル   穀物、豆中心。酒、たばこ

                をかなりたしなむ

フンザ     パキスタン   穀物、あるいはそのパン、

                野菜、豆、牛乳。まれに肉、酒

カフカス    旧ソ連(ロバ  主食は粉。野菜、果物が多い。

(英語名    シア、アゼル  牛、羊、ヤギの乳、その製品

コーカサ    イジャン、ア  が多い。酒、たばこをたしなむ

ス)地方    ルメニア、グ

        ルジア)

柴田博『ここがおかしい 日本人の栄養の常識』(技術評論社)   

       

(2007/09/23)