産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム撲滅 動脈硬化、歯周病治療で抑制も

 □静岡県立総合病院糖尿病・内分泌代謝センター 井上達秀部長に聞く

 ■内科医と歯科医連携始まる

 今や、「歯周病」は糖尿病の6番目の合併症とまでいわれている。糖尿病だと歯周病が起こりやすく、逆に歯周病があると糖尿病が悪化するし、さらに最近の研究では、動脈硬化や腎臓障害も進展させることがわかってきた。重症の歯周病でも徹底して歯垢(しこう)・歯石を取り除き、抗生剤などの投与でかなりの強化療法を施せば、動脈硬化を抑制する可能性も出てきたようである。各自治体では、すでに歯周病を軸に内科医と歯科医の連携が始まっている。(大串英明)

 −−糖尿病と歯周病の関係について

 井上 糖尿病だと、歯周病になりやすいことはかなり前からさまざまなデータで証明されています。図のように、口の中に糖分が増えたり、唾液(だえき)が減って細菌をやっつける白血球や免疫機能が落ちるなどの要因が挙げられますが、歯周病との合併率が80%以上と非常に多く、特に糖尿病患者には、重症の歯周病が多いといわれています。

 最近は、逆に歯周病があると糖尿病が悪化することもわかってきて、歯周病菌に感染すると慢性炎症が起こり、そこからいろいろな酸化ストレスや炎症性のサイトカイン(生理活性物質)などが放出されて糖尿病の基になるインスリン抵抗性をきたし、血糖値を上げるというわけなのです。

 −−実験データでも

 井 実際、歯周病の人は血中の悪玉サイトカインの1つである「TNF−α」が上昇していますが、歯周病を治療すると血中のTNF−αが下がり、血糖の指標となる「ヘモグロビンA1c」も下がることがいくつかのデータで報告されています。

 −−動脈硬化症との絡みは

 井上 炎症性のサイトカインが血管内皮にも作用して機能障害を起こし、動脈硬化を進展させてしまうという機序もあるわけです。さらに重症化すると心臓病や腎臓病につながってきます。米国では、慢性腎臓病(CKD)の発症率も歯周病の重症度に応じて3〜5倍増えてくるというデータもあります。

 −−そのメカニズムは

 井上 口の中は血管が密集していて血流が豊富で、感染した菌が血管に入りやすいのです。通常、血管内の細菌は腎臓によってフィルターをかけられますが、その際、産生されてくる悪玉のサイトカインなどによって腎機能が悪化してくるわけです。動脈硬化の危険因子としてのCKD、高血糖に加えて血管の炎症がアテローム(粥状(じゅくじょう))動脈硬化を炎症・進展させます。動物実験ではこうした歯周病菌の障害作用が明らかになっています。

 −−炎症がカギを握っているようですね

 井上 歯周病というのは、歯周組織の慢性炎症性疾患であるだけでなく、血管の炎症もきたしてきます。事実、血管の動脈硬化層にも歯周病菌が発見されています。しかし、その歯周病菌を抗生剤などで治療したら動脈硬化を抑制できるかというと、まだはっきりしていません。実際に1年間、心疾患の人に抗生剤を使った海外の研究がありますが、動脈硬化を予防できるかどうかのエビデンス(科学的証拠)を証明するまでには至らなかった。ただ、かなり強力に歯周病を治療すると、血管の内皮機能が良くなったという信頼できる海外の報告があります。

 −−というと

 井上 歯と歯肉のすき間(歯周ポケット)に歯周病菌が入り込んで歯周病が重症化していくわけですが、ポケットの深さが6ミリという重症患者120人を対象に局所麻酔下で歯石などきれいさっぱり機械的に除去して、そのポケットの中に抗生剤を入れるという強化療法を行ったところ、今までの歯垢・歯石を取り除く治療よりも、格段に血流や血管内皮機能が良くなったという結果が出ています。ただし、表の通り、治療1日目はむしろ悪くなっていますが、それは機械的にいじりますから、血管の中に入った菌が全身に散らばって一過性に炎症が悪くなってしまうのではないかと考えられます。2日目以降はどんどんいい方向に向かって改善していく。歯周病の治療介入によって内皮機能が改善するという初めてのデータでもあるのです。

 −−歯周病の強化療法が全身疾患の予防につながるかもしれない

 井上 頸(けい)動脈の肥厚度検査(IMT)で動脈硬化の早期病変を知ることができますが、歯周病の悪化によって肥厚度が悪化することが明確にわかっています。内皮機能障害に続いてIMTの変化が認められますから、歯周病に治療介入することによって、動脈硬化を予防できるのではないかという、画期的なデータでもあるのです。また、「抗炎症剤」を使うと、インスリンを作る膵(すい)β細胞の機能が改善し、インスリン分泌が良くなり、かつヘモグロビンA1cが下がるというデータもあります。

 −−歯周病は“沈黙の疾患”ともいわれているそうですね

 井上 歯科医の間では、歯周病は10代から始まっているといわれています。今でも歯周組織が破壊されて歯が抜け、初めて歯科医に行く人が多いらしいですが、慢性の炎症性疾患が歯の周囲にあると、前述のさまざまな機序から糖尿病やメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)、CKDにもつながり、それが最終的に動脈硬化を引き起こし、脳・心血管病で亡くなる人を増やすことになると思うのです。

 −−メタボリックシンドロームとの関係では

 井上 メタボリックでも同様に炎症性のTNF−αが増えてきます。炎症の強弱は、一般的に高感度CRP(反応性タンパク)の血中濃度で調べることができますが、メタボリックの危険因子が増えれば増えるほど上がってきます。内臓脂肪がたまるほど、炎症性のサイトカインが放出され、歯周病と相乗して血管の炎症を重積してくると判断されるわけです。

 −−歯周病菌というのは

 井上 口の中には、300種類以上の細菌がいるといわれています。歯周病を起こすのはそのうちの特異な細菌ですが、基本的には、酸素の少ないところを好む嫌気性菌で、巣くううちに少しずつ悪さをし始める。放出された悪玉のサイトカインが子宮に影響すると、子宮収縮を起こし、歯周病が早産を起こすという調査結果もあるのです。

 −−歯周病をほうっておくわけにはいかない

 井上 歯が抜けるだけならまだしも、心筋梗塞(こうそく)・脳卒中などの心血管疾患の発症も増やすことがわかっているのだから、広く国民にその実態を啓発するとともに、歯周病の早期診断、早期治療を強力に進めていかなければいけません。従来、糖尿病の合併症である網膜症では、眼科医と内科医との強い連携がありますが、歯科医師との接点はあまり見られませんでした。歯科医も糖尿病をチェックし、内科医も糖尿病患者の歯科受診を勧め口腔(こうくう)ケアを十分に施すなどの相互連携を進めているところです。日本医師会、日本糖尿病学会、日本糖尿病協会が協力して「糖尿病対策推進会議」を各県単位で組織し活動していますが、今年度から日本歯科医師会も参加し、今後は4団体の連携により糖尿病患者のトータルケアを実現していきたいと思っているところです。

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【プロフィル】井上達秀

 いのうえ・たつひで 京都大学医学部卒業。米国国立衛生研究所に在籍後、静岡県立総合病院勤務。糖尿病・内分泌代謝センター長を経て、平成15年から生活支援診療部長。京都大学医学部臨床教授も兼務。

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 ■「撲滅運動キャンペーン」に取り組んでいます

 産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。詳しくは、メタボリックシンドローム撲滅委員会専用ホームページ(http://www.metabolic−syndrome.net、metabolic−pro.net)に掲載されています。

 【主催】メタボリックシンドローム撲滅委員会、産経新聞社、フジテレビジョン、ニッポン放送、フジサンケイ ビジネスアイ

 【後援】厚生労働省/日本肥満学会、日本動脈硬化学会、日本高血圧学会、日本糖尿病学会、日本循環器学会、日本腎臓学会、日本心臓病学会、日本血栓止血学会、日本歯科医学会、日本歯周病学会、日本抗加齢医学会、日本CT検診学会、日本人間ドック学会、日本総合健診医学会、日本食物繊維学会、日本医師会、日本臨床内科医会、日本歯科医師会、日本栄養士会、日本薬剤師会、健康・体力づくり事業財団、日本健康運動指導士会、日本フィットネス産業協会、日本生活習慣病予防協会、全国保健センター連合会、全国保健師長会、日本糖尿病財団、日本心臓財団、日本製薬工業協会、日本ウオーキング協会/サンケイリビング新聞社、扶桑社

 【協力団体】高尿酸血症・メタボリックシンドロームリサーチフォーラム

 【メタボリックシンドローム撲滅委員会】◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)◇委員 春日雅人・神戸大学大学院教授(日本糖尿病学会理事長)、松岡博昭・獨協医科大学副学長(日本高血圧学会理事長)、北徹・京都大学理事・副学長(日本動脈硬化学会理事長)、齋藤康・千葉大学理事・副学長(日本肥満学会副理事長、日本動脈硬化学会副理事長)、渡邊昌・国立健康・栄養研究所理事長、中尾一和・京都大学教授(日本内分泌学会理事長)

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 ご意見・お問い合わせ・情報等は、郵便もしくはFAXで。《〒100−8079 産経新聞メタボリックシンドローム撲滅実行委員会事務局》(FAX03・3243・1800)まで。

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 過去の関連記事はhttp://www.sankei.co.jp/metabolic/metabolic.htmで掲載しています

(2007/11/06)