産経新聞社

メタボリックシンドローム

【健康らいふ】メタボリックシンドローム メタボ対策 日本こそ威力(2−1)

 飽食の時代、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)は、もはや「現代病」と言ってもいいだろう。脂肪組織が生体内最大の「内分泌臓器」であることはすでに証明されているが、肥満が増大することによって、脂肪細胞からさまざまなホルモンやサイトカイン(生理活性物質)が分泌され、高血圧や高血糖、脂質代謝異常などが悪化することが知られている。メタボリックシンドロームの臨床的意義は、動脈硬化のリスクとなるこうした症状が一個人に重積することを明らかにし、概念として、その基盤の病態である内臓肥満の対策が、新たに有効な予防・治療戦略であることが認識されたことである。「肥満度が欧米より軽度なわが国においてメタボリックシンドローム対策がスタートする意義は極めて大きい」と、京都大学教授で日本内分泌学会理事長の中尾一和氏は強調する。(大串英明)

                   ◇

 □京都大学教授・日本内分泌学会理事長 中尾一和氏に聞く

 ■欧米より低い肥満度、効果に直結

 −−まず、診断基準と特定健診・保健指導について

 厚生労働省の主導する特定保健・保健指導については、メタボリックシンドロームの概念を大きく取り入れているし、取り入れられたことはいいことだと思います。長年の、それもわが国独自の臨床研究の成果に大いに基づいているからでもあります。しかし、特定健診のリスクとなる各項目については、喫煙やBMI(体格指数)も入っており、また血糖値の基準も異なっていますので、内科系8学会で決められたメタボリックの診断基準に関するものとは異なるものだという認識を持っています。学会としては、正しい概念と正しい基準を第一に考えており、特に診断基準に関しては、時間をかけてさらにエビデンス(科学的証拠)を積み重ねた上で変更の有無なども検討するという見解です。

 −−瞬く間に、その概念が浸透しましたね

 メタボリックシンドロームほど一般市民に短期間に認識された病態、疾患は極めてまれなケースです。これは非常に意味あることで、現時点、欧米と比べそれほど肥満社会に至っていないわが国で肥満を基盤病態とする考え方が一般にも認識され、予防手段として取り上げられたことの意義は、非常に大きいと思います。内臓脂肪は、診断的なパラメーターとしては、今もっとも優れたもののひとつであり、その目安としてウエスト周囲長の診断基準値が設定されたわけです。今後はその基準値のみにとらわれることなく、疾患概念をよく理解した上で、医療者側としてさらに病態の解明とわが国のエビデンスを集積していくことが課題と考えています。もはや欧米では、肥満度が進み過ぎて適切な対策は無理かもしれません。メタボリックシンドロームの概念のもと、世界に先駆けてわが国が健康づくりのコンセプトとして対策を進めていくことが大切なのであって、グローバルな意味からも、その成果が期待されているのです。

 −−どんな病態と考えるか

 1980年代から、動脈硬化のリスクファクターである肥満・高血圧・耐糖能異常・脂質代謝異常が同一個体に重積する病態を指して「シンドロームX」や「死の四重奏」「マルチプルリスクファクター症候群」などと呼ばれてきましたが、次第にメタボリックシンドロームとして統一されて考えるようになってきたのです。なぜ同一個体に重積するのか、明確な原因があるはずなのですが、その基盤病態については、「インスリン抵抗性」と「肥満」であるという2つの考え方があって、どちらに重きをおくか、いまなお議論が続いています。1990年以降わかってきたのは、脂肪組織が単なる脂肪の貯蔵庫でなく、生体内最大の「内分泌臓器」であること。そういう組織の脂肪細胞から、体内の血圧・血糖・脂質などを巧みに調節するさまざまなホルモン(内分泌)やサイトカインの分泌が変化し、肥満が解消されると、これらが及ぼす影響が改善すること。一方、肥満が増大すれば、高血圧や糖代謝異常なども悪化することが知られるようになり、インスリン抵抗性よりも肥満が上流にあるとする考え方が、次第に中心となってきたのです。

 −−内臓脂肪について

 これまでのメタボリックシンドロームでいう「内臓脂肪」の定義はおなかの腸間膜やその周辺にたまっている「腹腔(ふくくう)内脂肪」ということですが、肝臓や筋肉など臓器そのものにたまっている脂肪もあるのです。メタボリックシンドロームが腹腔内の脂肪だけで起こり得る疾患かどうかは、異なる見方もあるのです。脂肪組織から分泌されるさまざまなホルモンやサイトカイン(総称してアディポサイトカイン)には、例えば食欲を抑制するレプチン▽抗動脈硬化作用のあるアディポネクチン▽血栓を作るPAI−1▽炎症やインスリン抵抗性を引き起こすTNF−α▽レジスチンなどがあります。中でも善玉サイトカインといわれるアディポネクチンに注目する考え方がありますが、生体内では悪玉善玉関係なしに、多くのホルモン、サイトカインが適切に適量を分泌しているかどうかが問題なのです。病態には複数のホルモン分泌が関係し、いってみれば、そうした“あわせ技”でもって病態が変化します。例えば、太ってきたら、さまざまなホルモンやサイトカインの分泌が変化し、増えたり減ったりして、全体的にホルモン作用の総合効果が大きく変化する、ととらえる考え方が大事なわけです。

 −−体内に脂肪もないのに、糖尿病という患者さんもおられるようですが

 私どもの病棟では、脂肪のない太れない患者さんを多数扱ってきました。「脂肪がない」ということは、脂肪細胞から分泌されるホルモンもすべて欠乏しているわけです。しかし、非常に不思議なことに太り過ぎると高血糖や脂質代謝異常が起きるのですが、脂肪がまったくなくても強い糖尿病になるのです。強度のインスリン抵抗性がみられ、中性脂肪が高くなっています。これは、肥満でないだけでメタボリックシンドロームと非常によく似た症状であり、「脂肪萎縮(いしゆく)性糖尿病」と呼ばれているのです。

 大半は生まれつき脂肪が作れない特殊な糖尿病ですが後天性の患者さんもおります。そこで、食欲を調節するホルモンのレプチンを投与すると、それだけで治ってしまうのです。患者さんはレプチンが欠乏しているので食欲が亢進しますが、レプチンを補うと全体的な症状も含めて、ものの1週間で完全に改善することがわかっています。脂肪から分泌されるホルモンの中でレプチンは、人に直接投与されて強力な効果が実証された唯一のものだということですね。

 −−「脂肪毒性」という考え方もある

 肥満によって体に過剰な脂肪蓄積が起きると、体に負の結果を招くという概念のことを脂肪毒性といいます。まずは、おなかに脂肪がたまる、つまり内臓脂肪蓄積と同時に、インスリン抵抗性、さらにアディポサイトカインの分泌に変化が起きます。さらに「異所性脂肪蓄積」といって、脂肪がたまり過ぎると、皮下脂肪と腹腔内脂肪組織だけでは蓄えきれずに今度は肝臓や筋肉などにくら替えしてたまることになります。そういう脂肪ほど悪い作用を及ぼすと思われるのです。食欲調節ホルモンのレプチンが効きにくくなると、ますます肥満に陥ります。それにつれて、膵臓(すいぞう)も疲弊しインスリン分泌が低下し、一方、自律神経系の交感神経も刺激を受け、血圧を上げるホルモン(アンジオテンシノーゲン)が活性化してきます。それら一連の、脂肪がたまることによって同時に起こる変化を脂肪毒性といいます。

 脂肪をたくさん取り始めたのは、人類の歴史のなかではつい最近のことですが、今われわれの置かれた高脂肪食、過食の状況を考えると、負の結果である脂肪毒性がキーワードになりつつあると考えられます。

 −−肥満に陥りやすい人というのは

 ひとことでいうと、食べ過ぎ。先天性肥満児と呼ばれる生まれつき太っている人の遺伝子を調べると、大概、レプチン系の異常が見つかります。レプチン欠乏やレプチンの受容体、あるいは受容体以後の作用機序の異常がある人がほとんどで、その人たちは共通して食欲のコントロールができず過食になります。ここで重要なのは後天的に肥満に陥りやすい人ですが、やはり太っている人は、一般的に食べ過ぎており、食欲のコントロールに難があります。

 −−「倹約遺伝子説」というものがあるそうですが

 従来から、長い飢餓の歴史を経て進化した人類は、エネルギーをためて少しずつ使うような体質の人が生き残ってきたという「倹約遺伝子」仮説がありますが、どうもおかしいと思えるところもあるのです。倹約説を裏づける病因遺伝子も見つかっておらず、ほとんどがレプチン系の過食・貪食を惹(じやつ)起(き)する遺伝子異常なのです。どちらかというと、われわれ現代人は、長期間の飢餓から生き残った祖先から、生存のために、“貪欲(どんよく)に食べる”「貪食遺伝子」を受け継いでいると考えられるのです。このことは、メタボリックシンドローム対策でも過食対策が重要となり、また、低体重で生まれた子供が成人後にメタボリックシンドロームにかかりやすいことからも、そうした対策が胎生期、あるいは新生児期から一生にわたって必要なことを示していると思われます。

 −−対策自体、病人を増やすという批判もあるが

 わが国の高血圧患者は、3000万〜4000万人であり、そのうち1/3〜1/4がメタボリックシンドロームと診断されています。糖尿病は予備群を含めて1470万人、脂質代謝異常は約2200万人を数えるので、940万人と推定されるメタボリックシンドロームの患者はすでに、3疾患のどれかに診断されている人が多いはずです。また、メタボリックシンドロームは、腹腔内脂肪蓄積を共通の基盤病態とする患者を分類しなおしたものなので、総患者数はほとんど増えていないはずです。

 それよりも、メタボリックシンドロームを、こうした共通の基盤病態でグループ化できたことの意義は計り知れません。リスクが重積する人たちを一括して予防や治療することが可能になるからです。個々、別々に治療するよりも医療費は確実に減少すると考えられます。減量作戦がうまくいったら、確実に病気は減ります。それが有効なのは、まだ肥満度が低いわが国だけだろうし、メタボリックシンドロームの診断基準も、あくまで健康づくりへの第一歩の骨格ができたという位置づけであって、今後もこの骨格をベースにして多くの議論、多くのデータが出てくることが重要なことなのですね。

(2008/02/07)