産経新聞社

メタボリックシンドローム

【メタボリックシンドローム撲滅運動】沖縄特集(3−3)

 男性平均寿命が一気に「全国26位」に落ち込んだ沖縄県では、「長寿復活」を目指して、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)を根幹とする、県民挙げての健康づくりに取り組んでいる。その最大の懸念は、脂肪摂取量が基準量を大きく上回り、特に若い人の肥満傾向が顕著になってきたことだ。そうした食生活の兆候は、実は、日本全土でも表れ始めており、沖縄は、肥満状況をうかがわせる将来の日本の縮図なのかもしれない。沖縄の現状と対策を報告する。(坂口至徳、大串英明)

                   ◇

 □国立健康・栄養研究所 渡邊昌理事長

 ■沖縄だけの問題ではない

 1980年から6年間、沖縄県民健康・栄養調査の疫学委員長を務め、長寿世界一の維持が問題になってからは、その復活を目指す有識者懇談会の委員でもあった国立健康・栄養研究所理事長の渡邊昌氏はこう語る。

 沖縄の復帰前、長寿で有名になり始めたころの昭和40年代に、疫学調査をしたある有名教授は、豚肉の消費量が多いので、豚肉が長寿の元だという説を出したが、誤りだった、と率直に認めた。その理由は、食習慣の変化による影響が30年ぐらいたたないと結果につながってこないことにある。疫学研究の用語で「ラグタイム(潜伏期間)」を考えていなかったのだ。

 1980年に、沖縄住民の年代別に調べたところ、明治生まれの人は確かに日本一長寿だったが、大正生まれでは全国平均レベルとなって、昭和生まれは、すでに平均以下になっていた。

 だから、「10年後には大変なことになる」、と予想した通り、男性が2000年に26位に急落した。沖縄は米国の統治下にあった時代が長いので、食生活も欧米化され、ランチョンミートなど、動物脂肪の多い缶詰や、揚げ菓子がよく食べられている。こうした食生活を長年続けてきたことと、電車など交通機関が少なく、すべて車に頼る生活が肥満原因となった。そのほか、夕食後も飲食をする人が多いなど、人のライフスタイルも問題だ。個人の生活習慣のみでなく、生活環境そのものを変えていくことが大切だ。

 ともかく県知事の肝いりで「長寿危機緊急アピール」を出し、住民も全県挙げて問題点を洗い出しつつ、健康づくりに取り組んでいる。沖縄県だけの問題ではない。日本人全体では、「世界一長寿沖縄」と同じような状況下にいつ陥るともかぎらないほど問題点があることを認識しておく必要がある。

                   ◇

 □琉球大学・等々力英美准教授

 ■伝統野菜に降圧効果 米統治期に「栄養転換」 

 沖縄の野菜など伝統の食材が健康を保持し、生活習慣病の予防に効果があるかどうかを検証する「チャンプルースタディー」を琉球大学医学部の等々力(とどりき)英美准教授らの研究グループが続けている。これまでの研究で血圧を下げるなどの効果が見られたほか、沖縄の歴史の推移にもとづく食環境の変化が健康に大きな影響を与えていることも明らかになった。

 沖縄県の平均寿命は、昭和60年まで男女ともに全国1位だったが、平成12年の厚生労働省の調査でいきなり男性が4位(平成2年)から26位に転落してからは横ばい状態で、県を挙げて元の健康レベルへの回復を目指している。健康状態が悪化した背景には、米国の統治から本土復帰へと政治状況が変わるとともに、戦前の沖縄の伝統料理から、欧米文化の融合した高脂肪の食生活へと移っていったことがあるとみられる。こうしたことから「チャンプルースタディー」は、沖縄の伝統料理を現代風にアレンジして「長寿再生」につながることを示し、メタボリックシンドロームなど生活習慣病の予防に役立てようというのがねらいだ。

 研究方法はゴーヤー(にがうり)、ハンダマ(水前寺菜)、シマナー(からし菜)など沖縄の伝統野菜をふんだんに使った「沖縄食」を用意し、沖縄の女性、夫婦、米国人、首都圏の中年夫婦に2週間〜4週間食べてもらい、血圧や血液、尿中の成分の変化、動脈硬化の程度などを調べた。

 その結果、血圧が低下し、体重も減少したのをはじめ、ビタミンCなどの抗酸化栄養素が上昇した。

 等々力准教授は「収縮期高血圧で140mHg以上のヒトの集団全体の平均値が3%下がると、4分の1の人が高血圧を防げるという予測があり、降圧剤の費用の大幅な節減ができる。運動療法を加えると、さらに改善できるだろう。今回は食事をきっかけに、生活習慣全体の行動変容につながる可能性があることがわかった」と話す。

                   ◇

 沖縄は30〜40歳代を中心に肥満が増え、心筋梗塞(こうそく)などの増加が、平均寿命の延びを下げている。このような状況はどのような食環境の推移が背景にあるのだろうか。

 等々力准教授は、沖縄県民健康・栄養調査などのデータをもとに栄養状況の変化を調べた。その結果、食事で摂取する総カロリーのうち、脂肪が占める割合(エネルギー比率)が厚生労働省が上限値としている25%を超える「栄養転換」の時点が、沖縄県では1970年で、全国平均(1980年)に比べて、10年早いことが分かった。

 これは沖縄の戦後史と符合している。沖縄は27年間米国の統治下に置かれた。昭和47年に本土復帰している。この間、米軍により洋風の食事が広まり、本土より10年早く、60年代にファストフード店が登場した。本土では、50年代から景気が上向き70年代半ばまで高度成長が続くとともに、食生活が次第に洋風化されていく。このギャップが栄養転換の時期の差となった、とみられる。

 等々力准教授は「高齢世代の死亡率は全国より低く、100歳以上の超高齢者の人数も全国一。小さいときから、欧米型の食事を摂取していた若年者の死亡率が増えているのが、平均寿命の延びを下げているのでしょう」と分析する。

 それでは、長寿の高齢者が戦前に食べていたよい食材にはどのようなものがあるのだろうか。

 等々力准教授が沖縄食の特徴として示すのはかつお節。購入量は断然の全国一で料理に使うほか、降圧作用を示し、沖縄では昔から風邪ひきなどの際に飲む。一方、昆布は、購入量が昭和63年までは全国一だったが平成5年以降は急速に減っていて、若者の伝統食離れを表している。繊維質が多いサトウキビ、本土にはないゴーヤーなどの緑黄色野菜や、タンパク質などが多い沖縄豆腐もある。食塩の摂取量は一日約9・1グラムで全国平均の7割しかない。

 等々力准教授は「沖縄の食材の良い点を科学的に評価していくことが、現代の食生活を検証するうえでも大切」と話している。

                   ◇

 ■市民の胃袋

 沖縄県那覇市の公設市場は、特産の食材が山積みにされた市民の胃袋だ。ゴーヤーなど緑黄野菜に交じって、北欧・米国から輸入したランチョンミート、脂身を残した三枚肉(豚肉)など高脂肪の食材もふんだんにある。高温多湿で保存が利きにくいこともあって、揚げものも多い。階上は食堂街で、買ったばかりの食材を料理してくれるとあって、観光客も沖縄の食を求めて多数訪れる。健康食と肥満の原因になる食が混在している。

                   ◇

 ■お年寄りの食事を見習う事が大切

 沖縄県の伝統料理本来の素材の良さや味わいを生かして、無理せずダイエットできる食事をつくろうと宜野湾市在住の管理栄養士、宇栄原(うえはら)千春さんが手引書の出版など普及に取り組んでいる。

 宇栄原さんは、米国留学後に沖縄に帰り、地元の食事が欧米化しているのが肥満の増加の原因と気づき、管理栄養士の資格を取り、病院勤務のかたわら沖縄の食事を研究した。

 昨年、出版した「おきなわカロリーブック」でゴーヤーチャンプルーなど沖縄の特徴的な料理やファストフード、お菓子についてそれぞれカロリー表示し、カロリーを取りすぎないように呼びかけた。4版を重ねるほど好評だった。さらに今年出版の「手ばかりダイエット」では、料理になれた主婦が計量器を使わずに手で測る簡便な方法を伝授。肉、魚は片手のひらに乗る大きさ▽ご飯は両手で包み込める茶碗(ちゃわん)に盛る▽お菓子は親指とひとさし指で作った輪に入る程度と、減量を達成できる素材の量の目安を示した。また、コンビニと提携し一食450キロカロリー以下の「弁当」も作っている。

 宇栄原さんは「食べてはいけない食品は基本的にはありませんが、栄養のバランスは必要です。ビタミン類が多いゴーヤーやニーベラ(へちま)など緑黄野菜を食べ、沖縄の70歳以上の長寿のお年寄りの食事を見習うことが大切」と話している。

                   ◇

 産経新聞社では、メタボリックシンドローム撲滅運動に取り組んでいます。新委員に門脇・島本両教授。

 【メタボリックシンドローム撲滅委員会】

 ◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)

 ◇委員 北徹・神戸市立医療センター中央市民病院長(日本動脈硬化学会理事長)、門脇孝・東京大学教授(日本糖尿病学会理事長)、島本和明・札幌医科大学教授(日本高血圧学会理事長)、齋藤康・千葉大学学長(日本肥満学会副理事長、日本動脈硬化学会副理事長)、渡邊昌・国立健康・栄養研究所理事長、中尾一和・京都大学教授(日本内分泌学会理事長)

(2008/10/23)