産経新聞社

メタボリックシンドローム

【はてなは、はてなし】論説委員・坂口至徳 小児に目を向けたメタボ対策

 「小さく産んで大きく育てる」という常識が覆りつつある。むしろ「通常の体重」で出産し、乳児のときから栄養過多にならないように育てることが推奨されている。

 胎児のときに栄養が不足すると、成人してからメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)や生活習慣病になりやすいことを示す研究成果が相次いで出て、その考え方が定着しつつあるからだ。それは、メタボ予防対策は、成人だけでなく胎児のときから成長期まで視野に入れる必要があることにもなってくる。

 このような研究の広がりを踏まえ、日本学術会議の生活習慣病対策分科会(委員長、松澤佑次・住友病院長)は提言の中で、「胎児期や子供について健全な環境づくりは、生活習慣病予防に不可欠で緊急の課題」と警告した。

 胎児期の栄養と生活習慣病の関係については、英国のデイビッド・バーカー博士が疫学調査などのデータに基づいて1986年に発表した仮説がある。胎児期に栄養不足だと臓器が十分に発育しない場合があり、加えて栄養分を過剰に吸収して補うように体内システムができあがってしまう。このシステムは成人になっても持続する、というのだ。

 提言によると、この説を裏付けるデータが日本でも出ている。例えば職場の健診で40歳以上の約2500人を調べたところ、肥満が原因の2型糖尿病発症率が2500グラム未満の低出生体重児だった人は11・6%と通常の体重で生まれた人の倍近くあった。

 個人差があり、低体重児のすべてが肥満や生活習慣病になるわけではないが、厚生労働省の人口統計によると、日本で新生児の平均体重は男女とも減少しつつある。なかでも低体重児が増え続け、平成18年では全体の9・6%(約10万5000人)に達している。その背景にある主要な原因は、日本では特に若い女性のやせ志向が強いことだ。むくみなど妊娠中毒を防ぐための妊婦の体重抑制の指導も過度に受け取ってしまう。その結果、母体が栄養不足に陥り、胎児も同様の状況に置かれることになる。

 提言では「さらにデータを集め、研究を深める必要がある」としながらも成人になるまで適切な栄養管理や運動の指導を徹底する。そして社会全体の問題としてとらえ、健康に対する意識改革や健康環境の整備を呼び掛ける。

 生活習慣病は10〜20年かかってぬっと姿を現す。それだけに、つぎ込んだ医療費に対する本当の効果は10年単位で評価するのが順当だろう。特に次世代を担う子供たちの対策は早ければ早いほど劇的な効果があるに違いない。付け焼き刃の対策は医療現場を混乱させるだけだ。

 40歳以上の生活習慣病については、厚生労働省の特定健診・保健指導が行われている。

 ここにきて健診の根幹をなす日本のメタボの診断基準について国際基準に合わせてはどうかとの声が出ている。

 しかし、日本の研究は、唯一CT(コンピューター断層撮影)で内臓脂肪の面積を精密に測った科学的なデータを基にしており、むしろ世界の肥満研究をリードしている。米の白人と日本人は明確に体形が異なり、内臓脂肪の付き方も違う。このような理由から基準について欧米の研究に合わせる理由は見当たらないのだ。

 日本のメタボ研究は明確な指針を持ち続け、存在感を示してほしい。

(2008/10/29)