激増する糖尿病。歯を失う一番の原因となる歯周病。この両者が炎症性のサイトカイン(生理活性物質)を介して相関関係にあることが最近の研究で明らかになりつつある。糖尿病であれば歯周病が悪化し、一方、歯周病患者は、血糖コントロールがうまくいかなくなるというのである。今月8日は「いい歯の日」、14日は「世界糖尿病デー」と続く。新たな口腔(こうくう)保健や合併症予防、治療の考え方から、糖尿病と歯周病にかかわる医科歯科連携も進められている。滋賀医科大学医学部附属病院の柏木厚典病院長、モリタ歯科医院の森田潤院長に聞いた。(大串英明)
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□滋賀医科大学医学部附属病院・柏木厚典病院長
■医科歯科連携で研究進む
≪6番目の合併症≫
糖尿病の有病率は5年ごとに、健診受診者のヘモグロビンA1c(日ごろの血糖値の平均値を表す)の数値から推定されるが、この5年間で糖尿病が強く疑われる患者数は毎年30万人増加し合計で890万人。現在、予備群を含めるとトータル約2200万人と推定され急激に増加している。
その原因として柏木教授は人口の高齢化と、現代社会の生活習慣による肥満の増加を挙げている。「高齢になるとインスリンを産生する膵臓(すいぞう)のランゲルハンス島β細胞が疲弊してくる。最近分かってきたのは、日本人は欧米人に比べ内臓脂肪がたまりやすく皮下にためにくい。栄養過多で余剰カロリーが内臓脂肪や肝臓にたまり出すと肥満や脂肪肝の原因になり、インスリンの働きが確実に落ちてくる。運動量も少なくなっているので筋肉の中にも脂肪がたまり、インスリン抵抗性がさらに増加して糖尿病の発症要因となる」
従って糖尿病の予防対策は、こうした原因の裏返し、まずは食事・運動療法を適切に実践することが必須。余剰カロリー、過剰栄養の証拠である内臓脂肪を減らすメタボ予防が明確なターゲットとなるわけだ。
血糖の管理は難しく、インスリン注射の人でも、良好コントロールといわれるヘモグロビンA1c値6・5%未満の目標値には20%しか届かないのが実情だ。しかし、食事・運動療法の人なら8割以上の達成率になり、軽症ほど発症進展予防も可能となるようだ。
糖尿病治療の目的は、どのようにして「血管合併症」の発症・進展を予防するかにある。しかし、糖尿病はともかく無症状。血糖が200mg/dlを超えると口渇・多飲・多尿などの症状が表れるが、それでも気づかない人が多く、また治療を途中でやめたりしてとことん合併症が悪化して受診してくるケースが後を絶たない。
「糖尿病の合併症は想像以上に多く、軽症まで入れると、糖尿病患者の約40%は何らかの合併症を持っている」と柏木教授。血糖コントロールが悪いまま5年以上たつと細小血管障害といわれる網膜症・腎症(腎不全)・神経障害が起こってくる。それだけでなく、コレステロールが血管壁にたまって太い血管も障害され、心筋梗塞(こうそく)や脳梗塞、さらに足の閉塞(へいそく)性動脈硬化症などの大血管障害に至るケースも多い。細小血管、大血管の血流障害から下肢への血行が行き届かず歩行障害や切断に至る、足の壊疽(えそ)がある。この糖尿病性足病変といわれる足の疾患が5番目の合併症となるが、6番目として歯周病が挙げられる。
≪炎症物質が介在≫
歯周病について柏木教授は「大血管障害との絡みはあまり明確ではないが、原因として歯周病菌による感染症ととらえられる。歯周組織の炎症がキーポイント。歯周組織の過度の炎症や血流障害によって組織破壊が強くなり、さらに除菌作用を持つ白血球の機能も落ちてくる結果、歯周病菌が増殖しやすくなる。そういう意味で混合的な因子が複雑に絡み合った合併症といえる」と説明する。
歯周病は加齢とともに増加する。厚生労働省の調査では、今や成人の42%以上が中高度の歯周病に罹患(りかん)しているとされるが、50〜60代がピークで、その年代では有病率が50〜60%に達する。歯と歯肉のすき間の「歯周ポケット」に歯周病菌がたくさん巣くって、ポケットの掘り込みも4ミリ以上は明らかな異常とし、歯肉組織が炎症を起こして腫れあがった状態になる。そのうち歯槽骨の組織も壊され、歯もぐらついて抜けてしまうことになる。
「大人の歯周病というのは、非常に大きな問題。糖尿病になると、歯周病が多くなるというデータがいくつもあるのです」と柏木教授。米国をはじめとして日本の福岡・久山町研究でも明らか。すでに糖尿病の人は予備群の段階から歯周病の頻度が高く、糖尿病になればなおさら高くなる。肥満の人も同様に歯周病になりやすいというデータもある。
なぜか−。柏木教授は「歯肉に小さな血管病変が起きて血流が行きにくくなるのが一つ。それから慢性の高血糖になると、高血糖そのものが歯周組織に炎症をきたすらしい。歯周組織に細菌などが付着するとマクロファージ(大食細胞)が処理しようとし、炎症反応が誘導される。そしてTNF−αなどの『炎症性サイトカイン』が放出され、それが体内の血中に流れていって肝臓や骨格筋でインスリン抵抗性を誘導し、糖尿病の悪化要因となる」
内臓脂肪の蓄積した肥満も同様、脂肪組織から炎症性サイトカインが放出されてインスリンの働きを悪くする。
岡山大学の研究では、歯周病患者に抗生物質を投与し炎症を抑えるなど完全管理したところ、ヘモグロビンA1cが改善した。さらに同様の研究のメタ解析の結果でも、歯周病治療で0・8%程度低下したとの報告もある。重度の歯周病があるかどうか確かめることも必要といえそうだ。逆に重度の歯周病患者では、血糖管理がなかなかうまくいかないことが臨床経験でも確認されている。
実は、滋賀医科大学附属病院でも口腔外科学講座と連携して、糖尿病と歯周病の関連調査を進めている。現時点では、糖尿病治療で歯周病が良くなるなど、断片的なデータは集まっている。
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□モリタ歯科医院・森田潤院長
■全身の健康、守る発想を
≪糖尿病で悪化≫
歯のなくなる原因は、主に虫歯と歯周病が挙げられるが、成人以降は、より歯周病の率が高くなり、半分以上を占める。歯周病のもととなる歯周病菌は口腔内細菌(約500種類)の中でも1割ぐらい。歯肉溝(歯と歯茎間のすき間)にすみつき、その状態をプラークというが、嫌気性菌である歯周病菌には、閉塞(へいそく)し空気が流入しにくい歯周ポケット(歯肉溝の病的な状態)が生育環境に適している。「歯周病菌の繁殖が進むと歯肉の中に入り込み、免疫反応から細菌を貪食(どんしょく)するマクロファージが作用してTNF−αなどの炎症性サイトカインが放出され、歯周炎の状態となる」と森田院長。
その炎症性サイトカインが、実は全身病である糖尿病にも波及していると考えられている。森田院長は「歯肉組織中で産生された炎症性サイトカインが全身に回るとインスリン抵抗性が高まり、血糖値が下がりにくくなる。私どもの臨床でも糖尿病を患っていると、確かに歯周病が悪化していることが分かるし、歯周病治療でヘモグロビンA1cがよくなるケースもある。歯科医の立場からも、歯周病の重篤度と糖尿病が密接に関係していると考えられる」
≪プラーク除去必須≫
そもそも歯周病菌を除去すること、つまり適切な歯磨きは歯周病を予防し、歯の喪失を防ぐために最も重要な行為とされる。ただ、適切に磨くことはそう容易ではなく、家庭での歯磨きだけではどうしても磨き残しがある。磨き残ったプラークと口中の石灰分が融合してできた歯石は歯磨きでは除去できず、さらにプラークの蓄積を促す。歯肉溝は歯周ポケットと化し、その溝が4ミリを超えた状態が歯周病とされるが、そのまま放置するとさらに歯周ポケットは深くなり、ついには歯の周りの骨がなくなり歯が抜け落ちてしまう。歯科医院での歯周治療に加えて、適切なプラークの除去には、専門的口腔清掃が必須なのである。
また、「中等度以上の歯周病の歯周ポケット内の炎症面積を計算してみると、手のひら大のサイズの炎症面積に匹敵していることが分かっている」(森田院長)。このことからも、痛みなどの自覚症状のない歯周病だが、炎症の大きさが無視できないことが理解できる。森田院長は糖尿病医から歯周病患者さんの紹介を受け、歯周病の治療を行うことで糖尿病がどう改善していくか、ヘモグロビンA1cの数値を基に調査している。
歯科医の歯周病に対する取り組みの目的は、歯をもたせて、食べる、話すなどの口腔機能を維持すること。その目的は今後も変わることはないが、加えて「口腔内の感染から全身の健康を守る、という発想を持つ必要がある」とも語る。
いってみれば、歯周病は感染症であり、同時に「生活習慣病」の一つでもある。全身の疾病を未然に防ぐためにヘルスプロモーションの必要性が高まっているが、「自分の健康は自分で守る」といった意識は口の健康についても同じ。歯周病を予防することが、いつまでもおいしく食べることを可能にするだけでなく、口の細菌が全身へ及ぼす影響を減らし、糖尿病などの生活習慣病を未然に防ぐことにつながるからだ。歯周病といった口の病気と糖尿病との密接な関係に今後も注視したい。
(2009/11/14)