□千葉大学学長 齋藤康氏
■肥満症治療に全力
肥満学会として、現在、「肥満症」(※注=別項参照)の診断基準の検討委員会を設けて、積極的な活動を続けています。「肥満症」の診断基準は、9年前の2000年に、「肥満」と違って、病気としての「肥満症」という新たな概念を提唱し、それから今日まで、脂肪細胞の研究や診断機器のめざましい発達があり、脂肪細胞の機能や病的意味について新たな知見が加えられました。それに伴って診断基準について考えることが求められるようになりました。さまざまな角度から検討し、考え方も含めて見直したいと考えています。
例えば、すでに肥満学会でも活発に議論されましたが、女性の場合、内臓脂肪の蓄積のいかんにかかわらず肥満状態ならば、生理不順や月経困難が起こってくるということでした。しかし、近年の研究では、内臓脂肪の蓄積がより強い意味を持っているのではないかという議論もされています。
腹囲と合併症との関連についても、こうした内臓脂肪との関係で考えるとき、女性においては、特に加齢という要因を考慮に入れ、診断基準に加える必要があるかもしれないという検討がなされています。
肥満症が、現在でも今日的な学問テーマであり、診断基準を通じて病気としての正確な位置付けを今後もさらに高めていきたい。
肥満症の治療という点で、学会としてはまず何といっても「食事と運動」を基本姿勢にしていることはいまだ変わってはおりません。ただ、肥満者の治療がすでに完成しているということではなく、リバウンドも含め、大変苦労しているのが現状で、従来の肥満症治療に「薬が欲しい」という声があることも事実です。日本では、昭和50年代に、医療の現場でも、マジンドールという脳中枢に作用する食欲抑制剤が肥満の治療薬として使われてきましたが、その使用基準が大変高度の肥満症のみの適用であり、保険適応基準などで使いにくい面もありました。現在、抗肥満薬のシブトラミンという薬が開発されて、近々、市場に登場してくることが期待されてます。脳内の神経伝達物質に作用して満腹感を高める薬で、体重減少の効果を上げるといわれています。
肥満治療薬としては、体重減少が指標となるわけですが、肥満学会では、その薬物療法で5%体重を下げることを目標に掲げています。そうした減量の持つ意味や合併症の軽減など、多くの臨床経験によって今後、薬剤の効果が明らかにされてくるでしょう。それと同時に、肥満治療は長期にわたるので、こういう薬剤が食事、運動面をサポートするという考え方が必要ですし、減量効果にも大きな役割を果たすことに役立つでしょう。
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□京都大学大学院教授 中尾一和氏
■NASH(非アルコール性脂肪肝炎)への取り組みも
脂肪組織は、われわれの体の中で最大の内分泌器官です。体内にどこまで脂肪がついていいかの限界は、大体男性で20%、女性で30%が脂肪であっても正常、健康の範囲内です。われわれの生命現象の基本の単位は細胞で、細胞が集まって内臓と呼ばれる臓器を作っているわけですが、メタボリックシンドロームの状況では、極端な言い方をすると、細胞や臓器が脂肪の海に漬かっているという病態が起こっていることを示しています。
メタボな人の生命現象は、本来、飢餓の中で暮らしていた細胞が、現代社会のこれまで経験したことがないような高脂肪の海の中で泳いでいるというような状況が想定できるわけです。そして脂肪細胞から絶えず分泌されるホルモンや、その代謝産物の影響下に、われわれの生命現象の基本単位の細胞がさらされていることが問題ではないかと考えられています。
日本は「メタボ先進国」ともいわれているようです。しかし、わが国でメタボが進行しているからという意味では決してなく、むしろわが国の臨床医学研究の成果により、その臨床的重要性に早くから気づき、予防・治療の取り組みを実施しているという意味で先進国であるということの確認が重要であると強調したいと思います。
わが国のメタボの特徴は、欧米の肥満と比べても軽症であるがゆえに、予防・治療に最も有効性が高い状態であることです。そして撲滅委員会あるいは特定健診・保健指導の取り組みや成果が国際的にも注目されています。
メタボは、動脈硬化のリスクファクターが肥満を基盤として重積している状態ではありますが、一方、NASH(非アルコール性脂肪肝炎)もやはり肥満をベースに起こってくるものとして重要で、これは肝がんの前がん状態ととらえられています。現在、わが国ではウイルスによる肝炎、肝硬変、肝がんという問題が注目されています。しかし、今後は、肝がんのハイリスク状態としてのNASHへの取り組みが重要と考えます。
NASHはメタボとほぼ並行した病態でもあり、最終的な帰結は、動脈硬化を最後のゴールに考えるか、がんを考えるかということにもなるわけです。最近、私どもは、生まれた直後からNASH状態が続いている患者さんが、37歳という若い年齢で肝がんになったという症例を経験しました。これも小児肥満から中年のメタボ、そして動脈硬化へ進行していくという病態と対比して考えますと、小児肥満の状態から欧米でいわれているように、NASHから肝がんへつながっていくリスクがあるということを示しています。
メタボは小児肥満の大体20年後ぐらいの中年以降になってから、生活習慣病の病態が明らかになってきます。NASHの場合には、それよりも長く、約40年を介して出てくることを示しています。
今回の症例は、たまたま生まれつきNASHの状態ではありましたが、小学生のころに肥満児であると、50、60歳という年齢になって危険な領域に入ってくるわけです。今後、広い意味でメタボの撲滅運動をとらえると、生活習慣病だけでなく、がんへの取り組みという点でも成果が期待できると考えています。
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□厚生労働省健康局生活習慣病対策室長 木村博承氏
■男性肥満の増加傾向鈍化
国が毎年行っている国民健康・栄養調査は、今回(平成20年)、特に食生活、運動、そしてたばこを重点的に調査しています。
過去13年間の20〜60代の「男性肥満者」の動きを統計的に処理しますと、平成12年を境に肥満は増加しつつも、その割合は、確実に鈍化してきています。女性も暫時減少傾向。
体重を減らそうとする人の割合では、男女とも半数前後、その意思は持っているが、問題なのは、男性の場合、肥満でありながらも体重を減らそうと思っていない人が3割弱いて、逆に女性では、12・6%の人がいわゆるBMI18・5未満の「やせ」なのに、さらにまだ体重を減らそうと思っていることです。
「運動習慣」は、5年前に比べ、男女とも着実に増えてきているが、一方、歩数の平均値をみると、男女とも減ってきている。運動習慣のない人の歩数が非常に減少しており、ある意味、運動習慣を持つ人と持たない人の二極化が進んできていると思われます。
食習慣では「朝食欠食」の割合が、男女とも30以上の年代に増加し、脂肪エネルギー比率が男性(17・4%)に比べ女性(25・0%)が高いのが目立っています。
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【用語解説】肥満症
「肥満」は、日本人の場合、BMI(体格指数)25以上とされるのに対し、「肥満症」は肥満に起因して生活習慣病や脂肪肝、月経異常など健康障害を合併するか、合併が予測されるハイリスク肥満者の場合で、病気として取り扱い、医学的に減量を必要とする状態と定義されている。
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産経新聞社では、「メタボリックシンドローム撲滅のためのキャンペーン」に取り組んでいます。
【メタボリックシンドローム撲滅委員会】
◇委員長 松澤佑次・住友病院院長(日本肥満学会理事長)
◇委員 門脇孝・東京大学大学院教授(日本糖尿病学会理事長)、島本和明・札幌医科大学教授(日本高血圧学会理事長)、北徹・神戸市立医療センター中央市民病院院長(日本動脈硬化学会理事長)、齋藤康・千葉大学学長(日本肥満学会理事、日本動脈硬化学会理事)、渡邊昌・生命科学振興会理事長、中尾一和・京都大学大学院教授(日本内分泌学会前理事長)
◇オブザーバー 木村博承・厚生労働省健康局生活習慣病対策室長
(2009/12/16)