【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第5部

ソ連の遺産(1) “万里”のパイプライン

【巨竜むさぼる中国式「資源」獲得術】第5部 ソ連の遺産(1)

 白亜のビルの高層には、東洋の宮殿を模した建造物が乗っていた。カザフスタンの首都アスタナ。黒川紀章氏が基本設計を手がけた市街地の中心部に、「北京パレスホテル」はあった。

 ナザルバエフ大統領(70)の号令で1997年に遷都してできた街中には、流線形や球形のガラス張りの建築物がひしめく。一風変わったホテルの構造も、さして違和感はない。

 最低でも1泊6万4千テンゲ(約3万8千円)の5つ星ホテルを経営するのは、中国石油天然ガス集団(CNPC)の関連企業だ。ホテルのパンフレットには「中国とカザフスタンの石油をめぐる協力関係の象徴」とあった。

 「石油や天然ガスを買い集めているのは日本も同じでしょう。仲良くしましょうよ」。赤じゅうたんのフロアで客室部長の中国人男性が笑顔を振りまいた。

 中国とカザフスタンのエネルギー協力は昨年、新たな段階に入った。巨大油田を有するカザフスタンのカスピ海周辺と、新疆ウイグル自治区を結ぶ石油パイプラインが全面開通、カザフスタンが今年生産する8千万トンの3割以上は中国に流れ込む。万里の長城にも匹敵する全長2千キロ以上のパイプライン建設には中国人も動員、急ピッチで完成させたといわれる。

 石油だけではない。中国は昨年、カザフスタンが世界第2位の埋蔵量を誇る、原子力発電の燃料・天然ウランの争奪戦に名乗りを上げたのだ。

金融危機“蜜月”の契機に

 カザフスタンの首都アスタナから列車で3時間北上し、さらに車で悪路を走ること3時間。目指すウラン採鉱現場は、周囲数十キロに一つの村落もないステップ(草原)にあった。

 同国国営の原子力企業、カザトムプロムと中国広東原子力集団(CGNPC)の合弁企業「セミズバイU」が管理していた。

 乾燥した空気と照りつける太陽。6月中旬の気温は35度を超え、動かなくても汗ばんでくる。施設の周りは鉄条網が張りめぐらされ、軍事基地のようだ。

 「中国人技術者は休暇で帰国している」という男性職員によると、事務所に隣接する2階建ての宿舎にはプールやフィットネスルーム、ビリヤード台に図書館もある。閉ざされた世界で働く職員のストレスのすさまじさをうかがわせた。

 「ここは国家戦略施設に指定されている。(情報機関の)国家保安委員会の許可なしに入れない」。カザフ人のアルティンベク所長は取材を拒んだ。

 カザフスタンは昨年、2020年までに2万4千トンのウランを供給することで中国と合意した。セミズバイUの設立もその一環だ。

 中国のウラン獲得を容易にしたのが、カザフスタンから遠く離れた米ウォール街で08年に始まった世界金融危機だった。

 原油高により2000年から高度経済成長期に入ったカザフスタンでは、不動産バブルがはじけ、そこにリーマン・ショックが襲った。欧米は資金を引き揚げ、主要銀行は多額の不良債権を抱えたとされる。

 困窮するカザフスタンに手を差し伸べたのが中国だった。昨年末に表明した投融資の総額は130億ドル(約1兆1180億円)。旧ソ連圏の盟主ロシアも経済危機にあえぎ、カザフスタンの支援にまで手が回らない。経済危機はロシアの裏庭を荒らす好機だった。

 「中国がただで巨額の融資をするはずがない。ウランを含むエネルギー供給の増量を求めたのは間違いない。カザフスタンは今後、中国に強く出られなくなるのでは」。ある事情通はこう推測する。

 財政立て直しを急ぐカザフスタンでは、住友商事や丸紅などの企業連合がウラン鉱山2つの権益をもつほか、カナダやフランスの企業も権益を獲得している。

 しかし、中国のウラン需要の規模はこうした国々の比ではない。現在、原子力発電所が11基稼働しているほか、建設中の原発は20基を超え、30年までに60基体制とする計画もある。

 中国と経済関係を深めれば、大量の中国人があらゆる生活雑貨と一緒になだれ込み、国がのみ込まれてしまうのではないか-。カザフスタンでは、そんな懸念の声をよく耳にした。

 しかし、カザトムプロムのヤシン副社長は“中国脅威論”を一蹴(いっしゅう)する。

 「中国は20年後には世界最大のウラン需要国になる。私たちは国営だが利益を追求する企業である。政治は政府がやるものだ」

 豊富な地下資源が眠る中央アジア。ソ連崩壊後、ロシアが自らの“裏庭”とみなしてきたこの地域で今、中国が影響力を強めている。第5部では、かつてソ連を構成していた中央アジアやロシアで、カネにものをいわせて資源獲得に動く中国の動向を追う。(佐藤貴生)

【用語解説】カザフスタン  面積は272万4900平方キロ(世界9位)。人口約1560万人。石油、天然ガス、ウランを産出する。1991年にソ連から独立。ナザルバエフ氏が約20年、大統領を務める。宗教はイスラム教スンニ派、ロシア正教など。

2010年8月4日付 産経新聞東京朝刊


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