【医薬最前線】第3部

ジェネリック始動(1)医療費削減の“特効薬”

【医薬最前線】第3部 ジェネリック始動(1)医療費削減の“特効薬” 根強い医療関係者の抵抗

 広島県呉市。戦艦大和の建造で知られる港町に7月29日、中津市など大分県北部5市の職員10人による視察団が到着した。呉市が取り組んでいるジェネリック医薬品(後発医薬品)の普及策を学ぶためだ。

 「ジェネリックへの切り替えが進み、初年度は4500万円、2年目の平成21年度は8800万円の医療費削減効果が得られました」

 呉市保険年金課の吉原信男課長の説明に目を丸くする視察団。「そんなに効果があるのか…。ぜひうちも」

 「ジェネリック医薬品」とは製薬会社が発売した新薬(先発薬)の特許が切れた後に、他メーカーから発売される医薬品の総称だ。主成分は先発薬と同じで、いわば先発薬のコピー商品。費用と時間のかかる治験(臨床試験)を行わずに済むうえに、開発費を大幅に圧縮できるため、価格は先発薬より2~7割安い。

 少子高齢化が進む地方の自治体にとって医療費の削減は深刻な課題だ。呉市も1人当たりの年間医療費が59万5千円で、全国平均の1.5倍。「このままでは市財政が破綻(はたん)する」と、全国に先駆けて20年にジェネリック普及に乗り出した。

 具体的な対策はこうだ。

 「ジェネリックに切り替えた場合、薬代がどのくらい安くなるかを市民に示した。安さが分かれば、切り替える人も増えると考えたんです」

 国民健康保険に加入する市民(約6万人)に対して、使用中の薬をジェネリックにしたときの差額を計算して、それを郵便で知らせたのだ。

 薬代が安くなれば、個人の負担も、自治体の負担も小さくなる。「多い人では1カ月で2万円近く個人負担が安くなった」と吉原課長。効果はてきめんで、市が把握するジェネリック医薬品の普及率は導入から1年半で16.1%から19.6%に上昇した。

 呉市には毎週のように全国各地の自治体からの視察が訪れており、吉原課長が説明に当たった回数は2年で優に70回を超すという。大阪府門真市や広島県廿日市市など、実際に差額通知を始めた自治体も出てきている。

 医療費削減を迫られているのは国も同じ。国民医療費は19年度で約34兆1360億円。このうちの約4割を公費が占めている。高齢化が進み37年度には65兆円にまで膨れあがるとの試算もある。対策を講じなければ「(全国民が公的医療保険に加入する)国民皆保険制度が揺らぎかねない事態にもなりうる」(厚労省)からだ。

 医療費に占める薬剤費は約7兆4千億円。ジェネリックが普及すれば数千億から数兆円規模の医療費削減効果が得られると考えられている。

 厚労省は14年、ジェネリックを処方した医師と薬剤師に、診療報酬を加算する制度を創設した。20年には処方箋(しょほうせん)の様式を変え、医師が『後発医薬品への変更不可』という欄に署名しない限り、患者が薬剤師と相談して新薬かジェネリックかを選べるようにもした。

 だが、普及は思うように進んでいない。米国では7割近い普及率。日本では約2割にとどまっているのが現状だ。

 新薬の特許切れ後に他社が同じ有効成分でつくるジェネリック医薬品。国は平成24年度までに普及率を現在の約2割から3割にまで引き上げたい考えだ。国を挙げての推進策が自治体の取り組みや医薬品業界、薬剤師の役割に変化をもたらしつつある。“ジェネリック始動”の光景を報告する。

根強い医療関係者の抵抗

 ジェネリック医薬品の普及が進まないとされる要因の一つが、使用促進に対する根強い反発だ。

 《ジェネリック医薬品は先発医薬品と全く同じ医薬品ではありません》

 《安全性と有効性が異なる可能性があります》

 栃木県医師会が2年前に作製したポスターには、厚生労働省の姿勢と真っ向から対立する文言が並ぶ。厚労省の見解は「ジェネリックは治療学的に先発薬と同等」だ。

 「ジェネリックの製品によっては効きが悪かったり、動悸(どうき)を起こすものもある。使用には慎重になる必要があると考えた」。同医師会の太田照男会長はポスター作製の意図をそう説明する。同様のポスターは広島県医師会なども作製し、会員などに配布された。

 ジェネリックの開発過程では、人体に投与して安全性や有効性を調べる本格的な治験(臨床試験)は行われない。「長年使われた先発薬で有効性などは確認済み」という考えがあるからだ。

 しかし、「治験をしていない」ということが一部の医療関係者にとっては、ジェネリックを敬遠する大きな要因となる。そんな風潮に、日本ジェネリック医薬品学会代表理事で、国際医療福祉大の武藤正樹教授は「かつては粗悪な製品が出回っていたこともある」としながらも、「今は国も先発薬との同等性を確認した上で承認しており、品質上の問題はない」と反論する。

 福岡県では市販後にもジェネリックと先発薬の比較試験を独自に行い、結果を地元の医療関係者に公表する取り組みを始めた。

 「(処方箋(せん)を書く)医者の協力が得られなければジェネリックは普及しない。医者の間に不安があるならば、それを解消するため、行政としては正しい情報を提供することが大切と考えた」。福岡県薬務課の三嶋克彦主任技師はそう話す。

 これまでに19品目の先発薬に対するジェネリック73品目を検査したが、いずれも品質上の問題は確認されなかったという。

 こうした取り組みにより、福岡県では県と医師会、薬剤師会が一体となって、普及を進める機運が高まった。

 県医師会の池田俊彦副会長は「世界ではジェネリックを使うのが当たり前。患者にとっても価格面での選択肢があることは良いことだ」と話す。3者の協力により、同県のジェネリック普及率は28.6%と全国平均(20.2%)を大きく上回っている。

 川崎市の聖マリアンナ医科大病院では、病院を挙げてジェネリックの普及に取り組んでいる。

 平成15年に薬代や検査費用などを積み上げる「出来高払い」の診療報酬制度から、病気の種類ごとに報酬額が決まっている「包括評価制度(DPC)」へ切り替えた。この制度は国が整備したもので、無駄な治療を防ぐため、あらかじめ設定した額しか支払われない仕組み。ジェネリックを使って、薬価を抑えれば差額が病院の収益になる。

 16年には医師が処方箋に書く薬の名前を「商品名」ではなく、成分の名称である「一般名」に統一した。一般名ならば、新薬でもジェネリックでも同じ。薬剤師は薬を出すとき、患者にどちらを希望するか聞く必要が生じる。患者が自らの意思で先発薬かジェネリックを選べるようにしたのだ。

 増原慶壮(けいそう)薬剤部長は「同じ効き目で値段が安ければ多くの患者がジェネリックを選ぶ」と話す。同病院では1731品目のうち、23%にあたる401品目がジェネリックになり、21年度は年間2億6400万円の支出が抑えられたという。

 「患者はもちろん、医療保険の支払い側や医療機関にとってもジェネリックはお得なんです」と増原部長。病院の周囲ではジェネリックのシェアが伸びている調剤薬局が増えているという。

 ジェネリックへの医療関係者の抵抗は根強く残る。しかし、福岡県、聖マリアンナ医科大病院の取り組みにみられるように、確実に普及し始めている。

2010年8月14日付 産経新聞東京朝刊


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