【キブンの時代】第4部 本物はどこに(1)

昨年の流行って「何だっけ」

【キブンの時代】第4部 本物はどこに(1) 昨年の流行って「何だっけ」

 青、黒、ピンク、黄、緑。店には色違いで低価格の服があふれていた。

 千葉県浦安市の女性会社員(28)は月2回、洋服を買いに東京・銀座に出かける。高級イメージの銀座だが、最近は手ごろな値段で流行の服を提供する「ファストファッション」の店ができ、愛用している。

 今年6月、ファストファッションの店で、小花柄の黒いオールインワン(つなぎ)を買った。約4千円。「28歳でつなぎ?」と思わなくもなかったが、店の人に「これが今の流行」と言われ、買ってしまった。

 着て街を歩いたら、同じような服の人と何回もすれ違った。そして今、「オールインワンはもうあまり着ない。飽きちゃった」。

 おしゃれは好きだが、流行についていくのは少し疲れる。でも、人と外れるのは嫌だ。家のクローゼットにはいつ買ったか分からない服があふれている。

 「昨年何が流行したか? 覚えてない。何だっけ」

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 今年3月、海外ドキュメンタリーを放送するTBSの深夜番組「CBSドキュメント」が21年の歴史に幕を閉じた。

 主に米国CBSの「60Minutes」の日本語版放送を扱い、事件からスポーツまで硬軟幅広く取り上げる。当選間もないオバマ大統領が出演したこともある。インタビューで構成され、聞き手と取材対象者の顔が交互に映し出されるシンプルな映像。良質なドキュメンタリーとして米での評価は非常に高い。

 しかし、日本での視聴率は一時4%あったものの、その後は1%台。その時間帯、他局はバラエティー番組が多かった。

 番組打ち切りにネット上で署名活動が起こり、4月からCS放送のニュース専門チャンネル、TBSニュースバードで「CBS60ミニッツ」として復活。ただ、制作費は削られ、字幕放送に変更された。

 番組のプロデューサー、東龍之祐(あずま・りゅうのすけ)(48)は「日本ではシンプルで良質な映像が『視聴者を飽きさせる映像』といわれてしまう。日本のテレビの分かりやすく、飽きさせない傾向は過剰だ」と指摘する。

 ニュース番組ですら画面の半分を覆うテロップが映され、バラエティー番組では笑い声が挿入される。

 司会を務めるピーター・バラカン(59)は「本物を判断し、おもしろく感じるには、受け手にも知的好奇心が必要だ。おもしろさと低次元は違う。良い番組を育てるには時間が必要なのに」と話す。

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 「気に入ると、もうない」。多くの商品開発にかかわってきたマーケティングライターの牛窪恵(42)は、消費者からそんな不満をよく聞く。

 コンビニエンスストアなど多くのチェーン店では商品をデータ管理する。限られた棚を効率よく使うため、売り上げが伸びないと早くて2週間で引き揚げる。牛窪は「引き揚げられないよう企業は次々と新商品を出す。だから、消費者が気に入ったときには並んでいない」と解説する。

 爆発的な売り上げに結びつくインターネット上の口コミに取り上げてもらうためにも「企業は分かりやすい『キャッチーさ』に飛びつく」(牛窪)という。

 牛窪は言う。「次々に新しい物が出れば、自分が良いと思った物も忘れ、何が本当に良いのか考えなくなってしまう」

一過性の人気やブーム 人は理由なく流される

 与えられた台本にはたいてい「ここで登場、ゲッツしてはける(消える)」と書かれていた。

 お笑い芸人、ダンディ坂野(43)がブレークしたのは平成15年の春。ドラッグストアチェーン「マツモトキヨシ」のコマーシャルで人気に火がついた。派手な色のタキシードに身を包み、親指を立てて「ゲッツ」ポーズを決めると、必ずスタジオが盛り上がった。

 どこでも求められることは同じだった。「『ああ、ここもそうか』って。かといって、何がやれるわけでもないし」と振り返る。

 年が明けるころから徐々に仕事が減り、週刊誌や雑誌では「一発芸人」として扱われた。視聴者もテレビ局も、すでに次の芸人に気分が移っていた。気づけば、次にブレークするといわれている芸人に「いつまでも売れていないぞ」と注意し、笑いを取る役割を求められるようになった。

 「自分でも『違うことをやらなくては』と考えている間に、次の人がもう出てきていましたね…」

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 「今週ヤフオクが終了します。戦う市場で変わる戦果」

 3年前、あるインターネットサイトにこんな見出しの記事が掲載された。「ヤフオク」とは日本最大級のオークションサイト「ヤフーオークション」のこと。「終了」の文言に波紋が広がった。しかし、記事を読むと、終了するのは北米のヤフオクだった。

 記事を書いたITジャーナリストの宮脇睦(39)は「読者の反応を期待した“釣り記事”」と、わざと誤解を招く見出しをつけたことを認めた。「だけど、キャッチーでないとクリック数は伸びないし」

 ネットで難しい記事は敬遠される。宮脇は「冒頭さえ読めば分かるような記事が求められる。でも、釣り記事では読者が読む力を失う」と自省を込めて話す。

 テレビや新聞も気分に敏感だ。経済評論家の勝間和代、ジャーナリストの池上彰…。ブームになるとどこも同じように取り上げる。

 元徳島新聞記者でジャーナリストの藤代裕之(37)は「もともとメディアは気分的なものに支配されているのではないか」。立教大社会学部教授(メディア法)の服部孝章(60)は覚せい剤取締法違反で有罪判決が確定した酒井法子の事件を例に挙げ、「たたくときは徹底的にたたき、同じ方向を見て報道する。『赤信号みんなで渡れば怖くない』だ」と指摘する。

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 「販売台数は2030万台」。IT系シンクタンクMM総研(東京)が予測したスマートフォン(高機能携帯)の平成27年度の販売台数だ。22年度の予測は386万台、5年で5倍に増える計算になる。

 日本の携帯は独自に発達してきた。独自の進化の末、競争力を失ったと揶揄(やゆ)する「ガラパゴス携帯」という表現が使われたほどだ。そこに20年、スマートフォンの米アップル社「iPhone(アイフォーン)」が登場。「“ガラ携”よりスマートフォンの方が先進的」という気分が広がった。

 しかし、NTTドコモでiモード開発に携わった慶応大教授の夏野剛(45)は「ガラ携のほうが機能は多いくらい。海外でガラ携を説明すると、『それはスマートフォンだ』といわれる」と話す。

 アイフォーンの今年3月末の市場占有率は約5%しかない。しかし、業界はスマートフォンに飛びついた。この現象をMM総研の通信アナリスト、横田英明(34)は「明るい話題はスマートフォンのみ。業界はユーザーの関心を集めたいのだ」と説明する。

 「自信がないとき、人は気分をとらえようとする。気分に支配されていては、強いメッセージ性のある商品は生まれない」。そう夏野は訴える。(敬称略)

 ファッションも芸能人も、一国の首相さえも次々に“消費”される時代。気分のままに賞味期間はどんどん短くなっていく。スピードと効率ばかりが重視されるなか、「本物」を育てることはできるのか。

2010年9月5日付 産経新聞東京朝刊


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