【浮上せよ 日本経済】(1)

続く地盤沈下 韓国製が評価上回った

【浮上せよ 日本経済】(1)

 「うちに置いてあるテレビはソニーだが、今回は初めてサムスンを選んだ。値段が手ごろだし、品質も十分よさそうだ」

 8月中旬、米国の首都ワシントン近郊にある家電ショップ「ベストバイ」を訪れた男性客(42)は韓国・サムスン電子製の液晶テレビを満足そうに買っていった。

 この店では壁一面をLCD HDTV(液晶高精細度テレビ)が埋め尽くす。「売り上げ次第で頻繁に入れ替える」(店員)という約40台の展示商品のうち、半分を韓国メーカーのブランドが占める。「日本ブランド」の強さを示す光景はそこにはない。

かすむブランド力

 「米国の消費者は韓国ブランドに『高品質』という印象を持っている。日本ブランドと同じだ。日本人は日本ブランドに優位性を感じるのだろうが、米国の消費者にとっては変わらない。特にテレビのブランド力ではサムスンが日本をしのぐ」

 米消費調査会社PROバイインググループのディビッド・ワークマン専務理事はこう解説する。

 「韓国と変わらない」という日本のブランド力は、売り上げにも表れている。米調査会社NPDグループによると、今年1~6月期に米国で売れた薄型テレビは、サムスンがトップだ。日本のソニー、韓国のLG電子、日本のパナソニック、東芝がそれに続く。

 3日にベルリンで開幕した世界最大の家電見本市「IFA」では、LGの3D対応有機LEDテレビを前に日本メーカー幹部が立ち尽くした。鮮やかな3D映像が浮かび上がったパネルは厚さがたったの3ミリ程度。技術力の高さから目を離せなかった。

 「ヤバいかも」。幹部はうなるしかなかった。

シェアは没落の証明

 総務省の国際競争力指標によると、調査した情報通信機器の関連製品35品目のうち17品目で日本が売り上げシェアを2年前より落とした。液晶テレビは12・3ポイント低下の30・6%、ノートパソコンは5・3ポイント、携帯電話は6・5ポイント低下した。ある業界関係者は「シェアは没落の証明にみえる」とつぶやいた。

市場開拓 問われる実行力

 「もう日本から学ぶことは何もない」

 今年5月下旬。経済同友会の韓国視察団としてサムスン電子や政府系研究所の施設などを訪ねた帝人会長の長島徹は、意見交換をした韓国の企業関係者からこう通告された。耳を疑いたくなる衝動にかられているところに、別の経済人がこうたたみかけた。

 「日本はもっと先端技術を開発してください。その部品を韓国が買い、組み立て、かっこよくデザインし世界に売ります。だって日本人は内向き志向で、外国に出かけて市場を開拓するガッツがないでしょう」

 反論はしなかった。「共存共栄で」と絞り出すのが精いっぱいだった。

 「彼らはずっと日本に追いつこうと、日本のいいところを取り入れたりマネをしたりしてきた。ようやく追いついたと思ったら、低コストで生産し、世界中に売っている」

 韓国は日本の「いいところ」を武器にした。一方で「いいところ」の原産地である日本は息苦しいほどの閉塞(へいそく)感に悩む。経済同友会が7月下旬に長野県軽井沢町で開いた夏季セミナーでは、「日本は成長力がない国の代名詞」「意思決定のスピードに欠ける」と否定的な言葉の披露が延々と続いた。

基幹産業総崩れ

 韓国側の強気は、データが裏付ける。

 日本のお家芸だった液晶パネルが代表的だ。米調査会社のディスプレイサーチによると、2009年の世界生産シェアはサムスン電子とLG電子の韓国勢2社が4割以上をしめる。日本勢はシャープが5位に入るのがやっとだ。

 日本は開発をリードし、高付加価値品として売り出すことに成功した。だが新興国が生産技術を身につけたとたん「汎用品にすぎなくなった」(東芝幹部)。

 液晶パネルの日本の優位が薄れたのは販売や生産だけではない。業界関係者は「価格決定権を握っているのも事実上、サムスンとLG」とささやく。

 太陽電池も05年までは生産量トップ5のうち4社が日本勢だった。しかし新興国の台頭で、10年は上位5位から日本勢が消える見通しだ。

 環境技術で先行するとみられている次世代自動車も「結局は追いつかれ役になりかねない」(エコノミスト)と不安が広がる。

 次世代自動車の部品に不可欠なレアアース(希土類)は9割を中国が供給している。その中国が7月、輸出を規制すると表明した。東京財団の研究員、平沼光は「先進国から環境技術を引き出す戦略物資にしている」とみる。その間にも「供給はいずれ逼迫(ひっぱく)する」(トヨタ自動車幹部)情勢で、生産や開発の環境は悪化する。

 部品の少なさも逆風だ。部品同士の複雑な調整を得意とする日本は、部品が多いほど他の国と差別化できる。しかし電気自動車の生産に必要な部品はガソリンエンジン車の数十分の一ともいわれる。東大特任教授の妹尾堅一郎は「やがて国内の自動車産業の強みはなくなり、部品メーカーを含め大打撃を受ける。あと15年ほどで産業が壊滅する可能性さえある」という。

作戦決行いつか

 日本経済はいまや戦略を出し惜しみしている場合ではない。国際競争力は前年の17位から27位に転落し、08年まで10年間の経済成長率は平均値で名目ゼロ%(国民経済計算2010年版)だ。この間、企業や国民が持つ資産から負債を差し引いた「国富」は約260兆円減り、国内の資本や労働力から得られる潜在成長率も1994年以降2%を下回り続け、2009年は0・6%に落ちた。

 日本総合研究所理事の湯元健治はいう。

 「電機や自動車産業など日本の基幹産業が支えてきた輸出依存の成長モデルが通用しなくなった以上、新しい成長の糧を見つけないといけない。そうでない限り、日本経済は静かなる衰退に向かう。政府は成長戦略を作りはした。今問われているのは実行力だ」

 日本経済の地盤沈下を食い止める作戦決行の号砲はいつ響くのか。(敬称略)

 日本経済の地盤沈下が加速している。国別の国際競争力ランキングは58カ国・地域中、27位に落ちた。輸出主導の成長モデルは構造的な限界に突き当たった。物価下落の続くデフレがつきまとい、円高対応は後手にまわる。頼みの政治も民主党の代表選では財源確保策で堂々巡りを繰り返し具体論に進まない。一方で引き出しの奧から出されていない戦略もある。出し惜しみが許されない日本経済の現状と取るべき作戦を点検する。

2010年9月6日付 産経新聞東京朝刊


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