【なぜ親は一線を越えるのか】(1)

「彼はしつけてくれただけ」

【なぜ親は一線を越えるのか】(1)

 「正直、私は虐待だと思っていません。彼は子供が憎くてやったわけではない。それなのに、私は彼を犯罪者にしてしまった」

 川崎市高津区の無職女性(38)はあの日以来、どこにもぶつけられない気持ちを抱えて生きていた。

 8月16日夜。アパート1階の女性宅で、女性と市立小1年の双子の長男(6)、次男(6)、42歳の土木作業員の男性が4人で食卓を囲んでいた。男性は1年ほど前に携帯電話の「出会い系サイト」で知り合い、静岡県三島市から月に1度、女性宅を訪ねていた。

 食事中、子供たちがふざけて、言うことを聞かないことがあった。男性はプラスチック製の結束バンドで2人の両手と体、両足首をそれぞれ縛り、体操座りをさせた。バンドは体に食い込んだ。

 近所の住民が「あまりにひどい泣き方をしている。児童虐待ではないか」と110番通報した。暴行の現行犯で逮捕された男性は調べに対しこう供述した。

 「母親の言いつけを守らないため、しつけのつもりでやった」

 女性も調べに「男の人にしつけをしてほしかった」と話した。子供2人にけがはなく、あざもなかった。男性は今月3日、恒常的な暴行はなかったとして不起訴(起訴猶予)となった。

 女性は未婚の母だった。父親となる男は妊娠を知ると逃げていったという。

 「1人で育てるのは無理だと思い、不安はいっぱいあったが、母親として子供たちと一緒に頑張っていこうと決めた」

 当初こそ順調だったが、やがて成長し今春、小学校へ上がると目立ってやんちゃになった。女性は「いろいろなやり方を試した。たたいたりもした。でもたたきたくてたたいたのではなく、痛みが薄いと思ってお尻を選んだ。かわいいわが子を好きでたたく母親なんていない」とし、こう訴えた。

 「児童相談所へ相談しても、『大変なのは分かるけれど』と事務的な返事しかなかった。逮捕された彼は、母子家庭のことを思って、子供たちをしつけてくれただけなんです」

 東京都江戸川区で今年1月、小学1年の岡本海渡(かいと)君が虐待後に死亡した事件でも、継父は「しつけだった」と話した。

 しつけ。本当にそういえるのだろうか。虐待する親たちは、なぜ「しつけのため」と口をそろえるのか…。

便利な言葉 「しつけ」の名で正当化

 《被害児が手づかみで食事をしたとき、ユニットバスに連れて行き『何で分からんのよ』と怒鳴り、浴槽壁面に体を打ちつけるなどの暴行を加えた》《自分で靴を履かなかったことから怒り、ユニットバスに閉じ込めたまま外出した》…。

 東京都葛飾区のマンションで1歳10カ月の長女を虐待により死亡させたとして傷害致死罪に問われ、懲役6年の判決を受けた無職の母親(23)の裁判員裁判。7月下旬、東京地裁の裁判長は一緒に起訴された交際相手の無職の男(33)による虐待行為を詳述した判決文を読み上げた。

 母親は前夫と離婚し、出会い系サイトで知り合った男と同居を始めた。翌日から、主に男による長女への身体的虐待が始まった。ユニットバスから長女の「ギャー」という叫び声が響いた。布団たたきの持ち手でたたかれたおなかには、持ち手の形をしたあざがはっきり残った。

 これほどまでの暴行も、しつけの名の下に行われた。男は、母親が長女に口で注意するだけなのを見てこう言ったという。

 「甘いんだよ。お前じゃしつけられない。おれは怒り役をやるから、お前はなぐさめ役をやってくれ」

「あなたのため」

 なぜ「しつけ」と言うのか。米国と日本で30年近く虐待防止に取り組む民間団体代表、森田ゆりさんは「ほかの説明の仕方が分からないからだろう。子供へ暴力を振るうとき親は思考停止状態になっている。説明を求められた際、親自身がなぜやったのか分かっていないため、しつけという日本社会に以前からある便利な言葉を使う」。

 数百人の母親のカウンセリングをしてきた東海学院大学の長谷川博一教授(51)=臨床心理学=は「虐待する親は、本気でしつけのつもりでやっている」とし、こう続けた。

 「こうした親は、問題があるのは子供のほうで、どんなに重大な結果を招いても『この子が悪いからだ』と考える。このように自分の行為を正当だと認識する心の働きは『合理化』と呼ばれ、せりふでいえば『しつけのため』であり、『あなたのために』となる。また『たたかれるあなたより、たたくママのほうがつらいのよ』と必ず言う」

 児童虐待の問題に詳しい磯谷(いそがえ)文明弁護士(42)は「いずれにせよ、自分の行動を正当化する言葉のうち一番使いやすいのがしつけという言葉だ」としながら、「一方で、子育てする親たちの気持ちと、しつけというものが全くかけ離れたものでもない」と話す。

途方に暮れて…

 1歳2カ月の長女を育てる大阪府の母親(29)は「最近、虐待のニュースを見ていると子育てが分からなくなる。どうやってしつけていいものか。たたいてもいいものなのか」。

 長女は食事の際、何でも自分でやってみたいのか、スプーンを持たせないと火がついたように泣き続ける。自由にさせると食べ物をまき散らし、満足そうにしているが、ほとんど食べていない。

 「再び準備して食べさせようとしても、また同じことを繰り返す。どうすればいいか途方に暮れている。それでも、このまま好きにさせていたらわがままに育って将来、本人が苦労するだろうと心配にもなる」

 虐待により子供を死なせたり、けがを負わせたりした親と自分は何が違うのか。どこまでがしつけで、どこからが虐待なのか。その境はどこにあるのか。

 児童虐待の問題を考える連載の第4部は、子供を傷つける親たちの心の奥底にあるものを、さまざまな角度から考えてみたい。

2010年9月21日付 産経新聞東京朝刊


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