【瓦解】大阪地検特捜部の「犯罪」(1)

踏みにじった法と証拠

【瓦解】大阪地検特捜部の「犯罪」

 大阪高検の取調室。1日午後9時46分、大阪地検特捜部前副部長の佐賀元明に犯人隠避容疑の逮捕状が執行された。前特捜部長の大坪弘道への執行は、その1分後だった。

 大坪は京都地検次席検事、佐賀は神戸地検特別刑事部長という肩書だったが、逮捕直前の午後8時半に大阪高検総務部付に更迭されており、“異動”先で逮捕された格好だ。

 「幹部検察官の逮捕という事態に至ったことは誠に遺憾で、国民の皆さまに深くおわび申し上げます」

 午後10時半から東京・霞が関の法務・検察合同庁舎地下1階会見室で始まった逮捕会見はカメラ撮影が認められなかった。冒頭、最高検次長検事の伊藤鉄男は強ばった表情で、こう陳謝した。一連の事件で伊藤が頭を下げるのは3度目だ。

 「逮捕を決めたのはきょうの午後」とした上で、犯人隠避容疑の立証については「当然立証できるとの認識のもとに逮捕した」と力を込めた。

 大阪地検の検事正、小林敬ら大坪から報告を受けた上司については「故意の改竄を知っていたとは認識していない」とした。最高検自体が捜査対象になる可能性は-との問いには、「いろいろ疑われてもしかたないかもしれないが…」と苦笑しつつ、「最高検が改竄を把握していなかったことは、どこへ出ても恥ずかしくない事実」と断言した。

 捜査内容を問われると、「言えない」を連発。手元のおしぼりで顔をふくなど、疲れを隠せない様子だった。

 最高検が主任検事の前田恒彦による改竄疑惑を把握したのは、9月の3連休の最終日、20日午後4時ごろにかかってきた1本の電話がきっかけだった。

 法務・検察合同庁舎20階。厚生労働省元局長、村木厚子への無罪判決に対する控訴断念に向け、最高検に複数の検事が出勤していた。電話を取った検事は八木宏幸。相手は大阪高検刑事部長の榊原一夫だった。

 「前田がFDを書き換えたという話がありまして…」

 この電話をきっかけに、改竄疑惑は検察首脳に一気に伝わった。翌21日午後8時40分、大阪地検庁舎内で前田に対し、証拠隠滅容疑の逮捕状が執行された。

 疑惑把握からわずか1日で逮捕に至った最高検の対応。それとは対照的に、大阪地検内では証拠改竄が発覚してから8カ月間も表沙汰にならなかった。

 なぜか。その答えが、大坪と佐賀にかけられた犯人隠避容疑なのか。最高検の捜査チームによる解明が始まる。

体面重視、巣くう病魔

 大阪地検特捜部の「エース」といわれた主任検事に続き、郵便不正事件当時の捜査幹部までが手錠をかけられる事態に発展した。

 「強い意志で捜査に臨め」。前特捜部長の大坪弘道(57)は日ごろから主任検事の前田恒彦(43)らにこう重圧をかけていたという。前特捜部副部長の佐賀元明(49)も含め3人を幹部にいただいた組織に、どんな病魔が巣くっていたのか。

 「捜査はやるかやられるかの闘い。容疑者に負けて帰ってくるようなやつは許さない」。平成20年10月、特捜部長の就任会見で大坪はこう強調し、前のめりに見えるほど独自捜査に突き進んでいった。

 元大阪府議の弁護士による脱税事件や、音楽プロデューサーの小室哲哉を逮捕した詐欺事件など、耳目を集める事件を好んだ。

 郵便不正事件は当初から大物国会議員の関与があると吹聴し、東京地検特捜部から「大阪特捜はすごい」と羨望(せんぼう)の声も上がった。

 華やかな活躍の陰で、部下の検事からは「ついていけない」とこぼす声が漏れた。大坪には「瞬間湯沸かし器」というあだ名がつき、佐賀にも「策士」という評価が定着。人心は離れていった。

 特捜検事としてならした大坪の取り調べは「神業」「大坪マジック」などと評されて伝説になっていたが、これにも疑問を差し挟む声はあった。

 聴取に同席する事務官を取調室から出させ、容疑者と2人きりの密室になってから、否認する容疑者が認める供述に転じたこともあった。「取引などがあったのではないか」といぶかる検察関係者もいたという。

 「手柄や体面を保つことに腐心する傾向があった。今回も前田を守ろうとして隠蔽(いんぺい)したわけではないだろう」。ある関係者は大坪についてこう証言する。

 一方、佐賀も現役の取調官時代は強気の調べで知られ、検察幹部から「将来の大阪地検特捜部長候補だ」と持ち上げられた。が、9月23日、初めて最高検から事情聴取を受ける直前のニュース映像を見た別の検察幹部は「なんて傲岸不遜(ごうがんふそん)なやつだ」と怒りの声を上げたという。そんな中、大坪は特捜部のエースと目された前田を「オレの右腕」と呼んで重用した。自白を得る同じ「割り屋」の後輩として信頼を寄せていたのか。

 別の検察関係者はこう明かした。「前田は大坪のプレッシャーを受けた犠牲者。内部告発した検事たちも前田一人が悪者にされるのが我慢ならず、最高検の捜査に全面協力していた」

 「前田一人が逮捕されるのはおかしい。前部長と前副部長は意図的な改竄と知っていて隠した」。内部告発した前田の同僚検事らは最高検の聴取にこう訴え、積極捜査を求めた。

 「(厚生労働省元局長の)村木(厚子)さんの事件で見込み捜査と批判された。仮に大坪を逮捕したとして、後で見込み捜査でしたねといわれたら目も当てられない」。同僚検事らとは逆に、検察幹部の一人は大坪らに対する最高検捜査について懸念を示していた。

 それでは最高検捜査チームの中はどういう意識だったのか。捜査を指揮した次長検事の伊藤鉄男は、21日夜の前田の逮捕会見でこう宣言していた。

 「予断や先入観を持たずに徹底捜査する」

 次長検事の脳裏には「『村木事件』の轍(てつ)を踏まない」という考えがあった。最高検刑事部長の池上政幸も「今度こそ法と証拠を積み重ねていかなければ」と何度も口にしていた。

 そして、最高検は大坪逮捕に向け、その言葉通りに動いたように見える。

 「これだけ供述だけでやってはいけないと批判されている中で、精いっぱい捜査し、やれるだけの証拠があり、逮捕を決断をした」

 大坪らの逮捕を受けた会見で伊藤はこう言い切り、「無罪になったことが出発点の事件だから、より慎重になったということはある」と続けた。

 吉田は元自民党副総裁の金丸信の脱税事件(平成5年)で、元秘書の取り調べを担当。元秘書は、金丸が保有する巨額のワリシン(割引金融債)が政治資金ではなく、金丸の個人資産であると認め、捜査が進展したという逸話を持つ。

 6度に及んだ大坪聴取。大坪は一貫して容疑を否認したが、「多面的に見られる」との定評がある吉田の登用は、検察首脳の“自戒”の表れだろう。

 「どうすれば検察が立ち直れるか想像もつかないが、再生への第一歩になるよう捜査したい。検察官は捜査でその姿勢を示すしかない」

 検察首脳の一人はこう表明した。(敬称、呼称略)

 主任検事の証拠隠滅と特捜部長らの犯人隠避。容疑通りなら「法と証拠」を武器に巨悪に立ち向かう特捜部で、法も証拠も踏みにじられたことになる。検察の威信は瓦解した。

2010年10月2日付 産経新聞東京朝刊


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