東日本大震災の震災孤児をどう支援していくか。厳しい現実が突きつけられている。
「兄ちゃん、おれにもDSやらしてよ?」
「やだね、まだクリアしてないもん」
「ブー、なんだよ兄ちゃんばっかり」
6月初旬の岩手県陸前高田市の高台の避難所。ゲーム機を取り合う及川佳紀(よしき)君(9)と弟の晴翔(はると)君(7)の兄弟げんかに「まぁだ始まった」と周りの大人たちが目を細める。あの日、兄弟は津波で両親を失った。見ず知らずの大人たちとの避難所生活にも少し慣れたが、仮設住宅への入居が決まり、転居することになった。
「ここの生活に比べたら仮設でも十分です」。兄弟の面倒を見る祖母の村上五百子(いおこ)さん(67)はそう話すが、2人は避難所を離れることに、複雑な思いも抱いているという。
「両親と同じくらいの世代の人には特にかわいがってもらったから離れるのが寂しいんでしょう。父ちゃんと母ちゃんの面影を重ねているのかもしれません」
兄弟は小学校から高台へ避難したが、自宅にいた両親は津波にのみこまれた。父は遺体で見つかったが、母は今も行方が分からない。火葬の日、父との最後の別れを前に佳紀君は泣きじゃくり、晴翔君も涙ぐんだ。それ以来、2人は両親のことを人前で話さない。
避難所の女性(68)は、佳紀君が日に日に成長しているのを感じている。
「震災遺児に給付金が支払われるという新聞記事を読んで『人の命はお金で買えない』って叫んでいるんです。『ばあちゃんに心配かけたくない』って言葉もよく出るようになった」
「震災遺児に給付金が支払われるという新聞記事を読んで『人の命はお金で買えない』って叫んでいるんです。『ばあちゃんに心配かけたくない』って言葉もよく出るようになった」
避難所前には佳紀君が親戚に買ってもらったマウンテンバイクがある。お気に入りの赤いヘルメットをかぶり、乗り回すのが一番の楽しみだ。
「兄ちゃんばかりずるいよな」。ふくれっ面で話す晴翔君にも東京の知人から真新しい自転車が届いた。
厚生労働省などによると、東日本大震災で両親が死亡・行方不明となった震災孤児は15日現在、岩手県82人、宮城県106人、福島県18人の計206人。児童養護施設に保護されたケースもあるが、大半は祖父母や親族が引き取っている。親戚に引き取られ、他の地域に移る子供もいる。
宮城県石巻市など沿岸部で孤児の調査を進める県東部児童相談所次長の鎌田康弘さん(55)は「避難所に孤児がいると聞いて出向くと、アパートや仮設住宅に引っ越していることもあり、実態把握が難しい」と指摘しこう続けた。
「孤児をケアする学校や保育所の先生たちも自宅を流されたり、家族を失ったりしている。引き取った親族が避難所暮らしだったりで生活環境自体が非常に悪化している。孤児だけを支援すればいいという問題ではない」
「見て、見て。きれいでしょう」
昆愛海(こん・まなみ)ちゃん(5)は町の児童館から帰るとさっそく、塗り絵を開いて祖母の幸子さん(63)に話しかける。
津波で流された保育園に代わり園児らは送迎バスで児童館に通う。愛海ちゃんが帰るのは幸子さんと2人で暮らす新しい自宅だ。
「ずいぶん元気になったんですよ。地震の後、民家の倉庫で避難生活をしていたころは、私にまとわりつくばかりで、誰とも口をきこうとしませんでした」と幸子さんは振り返る。
岩手県宮古市の重茂(おもえ)半島にある小高い丘に自宅はあった。大きな揺れの後、母の由香さん(32)は保育園に愛海ちゃんを迎えに行き、連れて帰ってきた。
自宅の隣は避難場所に指定されていた小学校。そこを30メートルもの津波がのみこんだ。
由香さんと漁師の父、文昭さん(38)、妹の蒼葉(あおば)ちゃん(2)の4人で自宅の庭にいたのが目撃されている。
「立って(波を)見てた。パパとママ、アオ(蒼葉ちゃん)が流されたの」。愛海ちゃんはクレヨンを握ったまま早口でしゃべりだした。文昭さんら3人は波にのまれたが、愛海ちゃんは漁の刺し網に引っかかって流されずにすんだ。
「『ママ、助けて!』って叫んでたの。ママ、どこ行っちゃったんだろう」
知人女性が第2波が来る前に愛海ちゃんの手を引き、高台まで走った。「走ったときに転んだりしたの」。ずぶぬれで助けられた愛海ちゃんはずっと震えていたという。
愛海ちゃんが甘えた口調でぽつりとつぶやいた。
「たみちい(寂しい)」
文昭さんら3人は行方不明のままだ。
幸子さんらはいったん親戚方に身を寄せた後、自宅から遠くない親戚所有の空き家に越してきた。
「両親が死んだという実感がなく、まだ帰ってくると思っているようです」と幸子さんは目を潤ませる。「何かあると、『パパが帰ってきたら教えてあげるんだ』と言うんです」
あの日から2カ月近くたった5月10日、愛海ちゃんは両親がいない5歳の誕生日を迎えた。
幸子さんは「以前は『パパやママと一緒じゃないと保育園に行かない』とぐずっていたが、何も言わず行くようになった」と変化を感じている。
津波で流された自宅2階跡から両親の携帯電話が見つかり、今は幸子さんが使っている。電話が鳴るごとに愛海ちゃんは両親からの電話を待っているのか、「誰? 誰?」としつこく聞いてくるという。
黙々とひらがなやカタカナをノートに書いて練習していた愛海ちゃんが恥ずかしそうにノートを持ち上げ、ママに書いたという手紙を読み上げた。
《ままへ。いきてるといいね おげんきですか》
東日本大震災の震災孤児は判明しただけでも阪神大震災の68人の約3倍。就学前の幼児も少なくない。震災孤児たちをどう支援し、見守っていくか。厳しい現実が突きつけられている。
【用語解説】震災孤児
震災で両親が死亡・行方不明になった18歳未満の子供。国や自治体は、震災前から一人親で、その親を震災で失った子供も「震災孤児」と規定。両親のいずれかを震災で亡くした子供については一般に「震災遺児」と呼ぶ。孤児や遺児を支援する「あしなが育英会」の特別一時金申請状況によると、大学院生までを含めた今回の震災での孤児や遺児は16日現在、1336人。
2011年6月17日付 産経新聞東京朝刊