パリっ子が「芸術の解放者」と熱狂したKITANO

【美の扉】「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」

KITANO

 美術館では誰もが自然と“静かに”なってしまう。歴史的な名画の展覧会であっても、子供たちの図工展であっても、鑑賞者の姿勢は基本的には変わらない。

 東京オペラシティアートギャラリー(東京・西新宿)で開催中の「BEAT TAKESHI KITANO 絵描き小僧展」は、そんな真面目な雰囲気とは少し様子が違う。作品を眺めていると、思わず笑みがこみあげる。そして、過激な想像力に圧倒されて、のけぞることも…。

 お笑いタレント「ビートたけし」、映画監督「北野武」に加え、現代アーティストとしての顔が「BEAT TAKESHI KITANO」。2年前に仏パリのカルティエ現代美術財団で人気を呼んだ個展の凱旋(がいせん)帰国展は、たけしさん(65)の遊び心をそのまま具現化したような内容だ。シュール(超現実的)でありながら、童心にかえったように心が和む。

 会場で最初に出迎えてくれるのが、たけしさんの等身大人形「オレを見ているオマエは誰だ?!」。自身の脳を手にのせた刺激的でユーモアに満ちた造形が、遊園地を訪れたようなわくわくした気分にさせてくれる。絵画などの展示を抜けると、今度は機関車型のミシンが。「北野式ソーイングマシン『秀吉』」と名付けられた迫力のオブジェは、巨大な足がペダルを踏み、通常スケールのミシンを動かす不釣り合いなさまが、何ともおかしい。おのずと表情がゆるんでくる。

 《げらげら笑ったっていいじゃない?》(「公式カタログ」から)。たけしさんも、自身の個展での態度をこう容認している。創作への笑いの影響を直接尋ねてみると、「かわいい絵を描いていても、時々、笑いの感覚が悪魔のようにしみこんでくるんだよね」と、明かしてくれた。

 パリでは半年の会期で、約13万人もの入場者を記録する大ヒット。「小学生の遠足の会場になってきちゃって、団体が来てくれたんだよ(笑)。粋な先生がいて、『見てきなさい』ってさ」。子供に人気の恐竜や、ボタンを押すと仕掛けが動くオブジェもある。子供たちが大喜びする光景が、目に浮かぶようだ。

 たけしさんが本格的にアートを手がけたのは、平成6年のバイク事故がきっかけ。休んでいる間、ひまつぶしに絵を描き始めたという。初期の作品は、9年にベネチア国際映画祭金獅子賞を受賞した映画「HANA-BI」に登場したので、目にした人もいるだろう。

 ライオンの頭がひまわりにすげ変わった絵などに接していると、その大胆な発想に打ちのめされる。ピカソを連想させるキュビスム(立体派)の構図だったり、マチスのような鮮やかな色彩だったり…。特に、クジラの体内でお茶を飲む男女が描かれた作品が印象的だ。「実際に作れないようなものが絵になる。だから、絵だと多大な想像力が必要になる」と、教えてくれたたけしさんの言葉を思い出した。

 哲学的な問いかけ、そしてほのかに見える社会への風刺。絵にも立体作品にも、多様な意味合いが幾重にも降り積もる。自由奔放な現代美術にあって、さらに境界がない。

 パリでの展覧会を実現させたカルティエ現代美術財団ゼネラルディレクターのエルベ・シャンデスさん(55)は、たけしさんを次のように絶賛した。「芸術の見方を解放してくれる人。KITANOは解放者だ」と。(堀晃和)

2012年4月22日 産経新聞 東京朝刊


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