耐えられない世代の中国

【土・日曜日に書く】中国総局・川越一

中国の次世代

 ◆2種類の富二代

 8月下旬、丹羽宇一郎駐中国大使の乗った公用車が、北京市内の環状道路でドイツ製高級車に乗った若い男らに襲撃され、日本国旗が略奪されたとの一報を聞いたとき、短絡的ではあるが、即座に思い浮かんだ犯人像があった。

 「富二代」-。中国で1億元(約12億円)以上を相続する富裕層の子女を指し、中国社会で深刻化している貧富の格差を象徴する言葉となっている。中国共産党機関紙、人民日報のニュースサイト(日本語版)の解説によると、富二代には2種類ある。

 一つは「知的成功タイプ」で、両親が教育を重視した結果、両親が築いた財産を大切にし、努力を通じて成功を得ているという。もう一つが「金持ちのどら息子タイプ」。自分と同じ苦労を味わわせたくないと考えた両親に甘やかされ、まじめに学ぶことなく、親の財産を食いつぶすやからだ。

 中国の世間一般において、富二代といえば後者を連想するのが常識だ。人民日報の解説では「このタイプは富二代においてよく見られ、少なくとも50%以上を占めている」と控えめだが、「富二代=金持ちのどら息子」という先入観は拭えない。

 中国のインターネット上に、富二代の名前や顔写真、親の職業などとともに、所有する車の写真が投稿されている掲示板がある。そこには、フェラーリやランボルギーニ、ポルシェといった高級スポーツ車が勢ぞろいしている。公用車を襲撃した男らが乗っていたドイツ製高級車のBMWやアウディなど、彼らの感覚では“大衆車”も同然に違いない。

 ◆調査結果が示す実態

 今年4月、興味深い書籍が出版された。その名も「中国富二代調査報告」。表紙に大きな「¥」マークがあしらわれたその報告書には「金持ちたちはどう考えているのか」との副題がつけられている。600人の富二代を対象にアンケートを実施。586人から寄せられた回答を基に、その実態を解き明かしている。

 富二代は18~35歳に集中。中でも26~30歳の割合が比較的多い。男女比は7対3で、大卒以上の学歴を持っている者が約86%を占めている。そのうち約44%が海外留学を経験しているという。約60%が2台以上の高級車を所有。約37%が住宅を2軒以上持っている。毎月、両親から数千元の“お小遣い”をもらっている。中には月10万元(約120万円)というすねかじりもいた。

 富二代にとってぜいたく品は身分と地位の象徴だ。他人が持っているものは何でも欲しがり、より高価なものを手に入れようとする。そして、パーティーや旅行などで浪費を繰り返している。93%が麻薬の使用を否定しているが、中国では麻薬の密造、密売、密輸などには最高で死刑が科せられる一方、使用した場合は治療や更生が優先されるなど寛大な面がある。富二代の多くが「刺激的な体験」を求めているというから、実態は分からない。

 ◆社会秩序も乱す

 富二代が放蕩(ほうとう)三昧の末、破産しようと何をしようと、周囲に迷惑をかけない限りは知ったことではない。しかし、運転技術が未熟であるにもかかわらず、高級車が免罪符であるかのように交通法規を無視し、市街地でアクセルを踏み込むから始末に負えない。

 中国国内では毎年、富二代の“暴走”を原因とする死亡事故のニュースが伝えられる。今年8月にも、広東省東莞市で20代半ばの富二代が運転するBMWにはねられ、4人が死亡、3人が負傷する事故が起きている。数年前には、尊い命を奪っておきながら、遺族への謝罪を拒否したケースもあったというからあきれるばかりだ。

 こんな状況だから、中国富二代調査報告も「ある人は、富二代が社会の富の分配を攪乱(かくらん)するだけでなく、その体から立ち上る金の悪臭によって、社会の秩序さえもバラバラにされることを心配し始めている」と、中国の行く末を案じることになる。

 上海在住の英国人会計士、フーゲワーフ氏の運営する民間シンクタンクが今年7月に発表した調査結果によると、現在、中国には資産が1億元を超える「大富豪」が6万3500人いる。平均年齢は41歳だという。同報告は今後10~20年の間に、創業した「一代目」から「二代目」への事業と資産の移譲がピークを迎えると指摘。単純に考えれば、大富豪の数だけ富二代が誕生することになる。

 政治の世界でも20年後、30年後には、「何事にも耐えられない」と陰口をたたかれている富二代と同じ世代が、国のかじ取りを任されることになる。今でさえ、中国の身勝手な振る舞いには手を焼いているというのに、将来を思うとゾッとする。(かわごえ・はじめ)

2012年9月9日 産経新聞 東京朝刊


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