「歴史的金星」支えたラグビー報道

その勝利は「歴史的金星」と呼ばれた。2015年、ラグビーW杯イングランド大会で大方の予想を覆し、日本代表が強豪・南アフリカ代表を撃破したのだ。サンケイスポーツの吉田宏記者も、歓喜に沸く現地の記者席でその瞬間を迎えた。低迷する日本ラグビー界とW杯で勝てない代表チームを見続けてきた20年。「ラグビーのサンスポ」と称されるほど定評あるサンスポのラグビー報道を、担当記者である吉田はいかに支え、この勝利の日を迎えたのか。そして、日本で開催される次回W杯に向けた日本ラグビー界の課題をどうとらえているのか。

記者席で用意した「負け原稿」

早坂 洋祐

東京サンケイスポーツ編集局運動部
よしだ ひろし
吉田 宏
平成元年入社
東京サンケイスポーツ編集局運動部配属。
野球部、運動部を経て、現在運動部編集委員

「正直、勝つとは思っていなかった」。吉田は開口一番、南ア戦をこう振り返った。長らく低迷していた日本ラグビー界にとって、新しいファン層を取り入れることは急務だった。代表チームの敗戦を長いこと見てきた吉田が、この試合に一番期待したのは“必死さ”だった。「勝ち負けだけじゃなくて、ファンにその姿を見せることが次に繋がる」と考えていたからだ。

日本代表は吉田が期待した通り、世界ランキング3位(当時)の南アに対し“必死さ”を前面に押し出し、一進一退の攻防を繰り広げた。

試合が行われたのは、日本時間の深夜。試合が終わってから記事の執筆に取りかかると新聞の降版時間に間に合わない。こうしたケースでは通常、勝った時、負けた時、はたまた引き分けを想定したものまで、あらかじめ数本の原稿(予定稿)を用意する。当日の早い時間帯にこれらの予定稿を本社のデスクに送り、試合結果をデスクが入力して完成原稿にする。だがこの日は、できるだけ現地の生の情報を取り入れるため、試合終了の瞬間まで原稿の手直しを行っていた。

残り時間が8分となったところで、吉田は用意していた「負け原稿」の最終チェックに取りかかった。しかし、試合終了間際の後半42分。CTB・ヘスケスが逆転トライ。地鳴りのような歓声がスタジアムにこだました。記者席は歓喜のガッツポーズに沸く。吉田は余韻に浸る間もなく、すぐに「勝ち原稿」に差し替え、無心でキーボードを叩いた。

ノーサイドの笛が響き、日本代表の勝利が確定した。しかし、この歓喜の瞬間、吉田の脳裏に浮かんだのは、サッカー担当だったアトランタ五輪の思い出だった。日本代表がブラジル代表を破る大金星を挙げながら、予選敗退したのだ。同様の最悪なシナリオが頭をよぎり、吉田は冷静に次の対戦のことを考えていた。

1行でも毎日ラグビー記事を

吉田がラグビー担当になったのは、1995年のW杯南アフリカ大会終了後。その当時から、サンケイスポーツは、ラグビーファンの間では『ラグビーのサンスポ』のイメージが定着していた。それは歴代のラグビー担当記者が受け継いできた「暗黙の了解」である、1行でもいいから毎日ラグビーの原稿を載せる、という先輩たちの努力のたまものだった。

当時、読者にはよりコアなファンが多かった。専門的なラグビー用語が駆使され、ラグビーを知っている人が読めば分かる原稿が紙面を飾っていた。

「担当になった頃に書いていた原稿と今年書いている原稿は全く違うと思う。トライを取った状況ひとつに関しても、より分かりやすく丁寧に書くようになった」

確かに、今回のW杯期間中や閉幕後の原稿は、ラグビーを見始めたばかりの読者にも配慮した内容に変化している。それは、読者層の変化に合わせた原稿を心がけた結果だった。

日本ラグビー界は、吉田が担当になった年から長い低迷期に突入した。スポーツ紙の紙面割には、世間の注目度が如実に反映される。「ラグビーのサンスポ」もその煽りを受けざるを得なかった。ラグビーの記事が1面を飾る回数やページの頭を飾ることは年々減り続け、紙面上での扱いも小さいことが多くなった。それでも、吉田は原稿を書き続けた。

「曲がりなりにも『サンスポはラグビーの記事をよく書いてくれているな。サンスポ読んでいるよ』と期待してくれている読者がいる限り、書かないといけないからね」

大切にしてきた読者目線

吉田は、紙面での扱いが小さくなった生のニュースだけでなく、地道な取材を重ね、多くの連載を企画、担当してきた。毎シーズン終了後には「日本ラグビー 明日はあるか」と題打ち、シーズンの総括をメーンに数回の記事を掲載。ラグビー界の現状やあるべき姿を読者に提示し、ときに日本ラグビー協会への批判をもいとわない内容で、ラグビーファンの期待に応えてきた。

2005年に連載した「我ら草の根ラガー」は『ラグビーのサンスポ』ならではの企画といえる。野球で例えるなら独立リーグでプレーする選手を紹介するようなもので、トップリーグ傘下のチームにスポットライトをあて、1部リーグ昇格を目指して戦うラガーマンたちを特集した。当時の読者は、まだコアなファンが多く、その層にターゲットを絞った企画でもあった。

そして、今回のW杯報道。開幕100日前からのカウントダウン企画や過去の全W杯をプレイバックした連載を組んだ。従来のコアなファンはもちろん、新しいファン層が読んでも親しみやすいようにするためだった。「ラグビーW杯新聞」も発行した。元代表監督で著名な平尾誠二氏の特別インタビューや予選各組の徹底分析を掲載し、スタジアムMAPや観光スポットも特集した。ラグビー人気復活に一役買ったとの自負はある。

「我々の基本というのは、あくまでも『読者へ向けて』。読者が記事を目にして『面白いな』でも『へぇー、そうなの』でもいい。そういう興味をひかない、ためにならない話だったらどんなにいい話でも書く必要はないし、優先度も低くなる」

古いファンか、新しいファンかを問わず、つねに読者目線で読まれる記事を追い求め、努力してきたからこそ、「ラグビーのサンスポ」として愛され続けてきたのだ。

「ラグビーのサンスポ」本領はこれから

日本ラグビー界にとって、今回のW杯の“熱”を2019年の東京開催時まで繋げることが至上命題となる。しかし、吉田は今のラグビーブームに「女子サッカーの『なでしこJAPAN』がW杯で金メダルを取った時とよく似ている」とあえて警笛を鳴らす。

快挙を達成した「なでしこJAPAN」に日本中が沸き、メディアも連日大きく報道したが、長続きはしなかった。スポーツ紙を含めたメディアで、「主語」である「なでしこJAPAN」の文字は踊ったものの、「述語」にあたる内容のある記事、未来につながる情報が少なかったことが原因でもあった。

「今のラグビーブームも同じで、『五郎丸』という主語だけでは限界がある」と吉田は指摘する。2019年に向けて、五郎丸歩選手たちの次の世代をしっかりとプッシュアップしていかなければならないことは明白だ。「ラグビーのサンスポ」としては、トレンドに飛びつくだけではなく、W杯で活躍が期待される若手選手の記事を増やすなど、ラグビー人気の発展に貢献していくことが求められている。

「記事はもちろんだが、記事にならなくても、例えば協会にも色々、提案したり、話をしたりしていきたい。俺もラグビーが好きだからさ」

日本代表が歴史的金星を挙げたのは、もう過去のこと。彼らが次に期待されることはW杯東京大会でのグループリーグ突破だ。日本ラグビー界が次の歴史の1ページをめくる時、吉田の記事が再び「ラグビーのサンスポ」の1面を飾っているだろう。

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