社員紹介

記者は、結婚や出産をしても続けられる、やりがいのある仕事

産経新聞との出会いと入社に至った動機を教えてください。

実は1年就職浪人を経て入社しました。記者になりたい、と一般企業を回ることもなくひたすらマスコミ受験対策をして、他紙や出版社を受験しましたが全滅。大学時代は国際法を学び、国際関係に興味があったので、卒業後は語学出版社で契約社員として働きながら入社試験に備えました。

新卒時は記者という職種へのあこがれだけで、なんとなく自宅で購読していた他紙を受験したのですが、じっくり各紙を読み比べているうちに、産経新聞の国際面の特派員コラムにすっかりはまってしまいました。記者の人柄やその国への思いがにじみ出ていて、社として日本の国益を考えて報道する姿勢にも共感し、自然と「産経新聞の記者になりたい」と思うようになりました。

後で知りましたが、最終面接で志望動機を熱心に聞いてくださったのは、特派員出身の役員でした。他社の面接ではいつも緊張しすぎて失敗していた私でしたが、産経新聞では落ち着いて、率直な気持ちを話せたと思います。

現在の仕事内容を説明してください。

大阪編集局経済部で、金融業界担当をしています。いまは地方の人口や企業数が減少していて、地方銀行の再編や連携が全国で相次いでいます。地方経済を支える地域金融機関が描く経営戦略や、地域創生に果たす役割に注目しています。近畿の金融や経済情勢をウォッチしている日銀大阪支店や近畿財務局、シンクタンクも取材先です。

初めは、数字が苦手な私が金融担当?と戸惑いました。でも金融は「経済の血液」と言われます。取材先の銀行や信用金庫、証券会社、保険会社は世界経済の動向から地元関西の企業動向までを把握している〝情報通〟なんです。そんな金融マンたちへの取材から、関西経済の成長のカギとなる取材のテーマも見つけてきました。例えば、国が進める女性活躍推進法や訪日外国人客の急増が関西経済に与えている影響など、さまざまな記事を書いています。金融業界の取材をきっかけに、企業全般の動きや国の情勢に視野を広げることを学びました。

どのような時にやりがいを感じましたか?

その日の新聞の顔である1面掲載の記事を書いたとき。編集会議でニュース価値を認められた記事が1面に掲載されるので、どの部署に異動しても、時代を象徴するニュースをつかむことは、変わらない目標です。

また、記事に対して取材先、読者、他メディアから反響があると、良い仕事をした達成感があります。奈良支局時代には新人警察官の連載をしていて、県外に住む読者がわざわざ記事を取り寄せて便箋何枚ものお手紙を下さったり、ちょっと変わった植物の話題に東京のテレビ局がはるばる取材に来たり、ささやかな日常のニュースでも読者の心を動かすことがあるんだと、伝える喜びを感じました。

今はネットメディアに記事が配信されて、多くの人が記事に賛否や独自の考え方をコメントしてくださることもあります。いつもニュースの根底にある問題は何か、どう伝えたらよいか、迷いながら考えながら記事を書いているので、読者の反響に手応えを感じ、新たな視点を知ることができます。

受験生へのメッセージ

最近は産経新聞にも他社にも女性記者が増えています。将来、結婚や出産しても続けられる、やりがいのある仕事だと思います。後輩の皆さん、相談に乗りますよ!

私は20代は奈良支局、広島支局、東京社会部で過ごし、30代に入って大阪経済部に配属されました。大阪で結婚し、2児を出産、2度の育児休職を経て復職しました。

記者職は担当により早朝深夜、泊まりの仕事もありますが、産休や育休のほか、育児のための勤務制限制度もあります。同僚と同じ働き方ができないことや、限られた時間で責任ある仕事ができるのか悩みもしましたが、今は上司や先輩の理解を得ながら、子供の成長とともに働き方を柔軟に変えてやっていければと思っています。

いろいろな世界を見て伝える仕事ですから、何事も経験と思って楽しみ、挑戦していきたい。20代の頃は仕事中心の生活でしたが、子育てをして地域に関わってみて、国の将来を考えたり、生活者として足もとを見つめたりすることが増えたように思います。

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