母方の祖母が亡くなってから10年になる。戦争という過酷な状況下でも、常に気丈で弱さを見せなかったという祖母は、「おばあちゃんは歳を取っても絶対にボケないよ」といつも言っていた。また、周りの誰もがそれを信じて疑わなかった。しかし、祖母は子宮脱と診断を受け、手術を受けた辺りから、目に見えない何かにエネルギーを吸い取られるように衰弱していった。
当時、米国の大学に留学をしていた私は、母から祖母の様子を手紙や電話で聞きながらも、どこかで「おばあちゃんは大丈夫」だと思っていた。大学が休みに入り、久しぶりに帰国し、祖母に再会すると、寝たきりになった祖母の目線が定まっていないことに気付いた。この時、初めて祖母が置かれている状況の深刻さを知った。
「ほら、おばあちゃん、孫がアメリカから帰ってきたわよ。誰だか分かるでしょう?言ってごらん」母が祖母に声を掛けた。祖母は今まで見たことのない、少女のような微笑みで私を見つめると、一言「落花生」と言った。
それを聞いた母は「おばあちゃん、違うでしょう。友理ちゃんじゃない」と言ったが、人名ならまだしも落花生と間違われた私は一体何なのか。寂しいながらに笑いが起こる瞬間でもあった。祖母はその笑い声を聞いて、理由が分からないなりに楽しそうな表情を浮かべた。
「あんなに丈夫だった人が寝たきりになるとは・・・。しかもボケるなんて」これは多くの人が経験していることだろう。昔の元気だったころに戻ることのないまま他界した祖母は、葬儀のために再度帰国した私の夢枕に立った。
「友理ちゃん、ありがとう」祖母は少し疲れたような表情でそう言うと、深くお辞儀をした。祖母が亡くなって10年。お墓が近くにあるため、祖母にはよく会いに行っている。「おばあちゃん、落花生が来たよ」墓石の前に座って手を合わせる時、私はいつも心の中で祖母にそう話し掛けている。
正論調査室 片岡友理
| 平成15年4月4日 |
Web版「正論」コラム
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