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 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>


 編集長からのメッセージ(第78回)

【今月のメッセージ】(平成14年4月1日)

 イラク戦争、どうなるんでしょうね。

 とりあえずヒゲのアザラシ、タマちゃんのご報告をしたいと思います。タマよりイラクじゃないの、という声が聞こえそうですが、タマちゃんへの関心というのは想像以上なんですよ。しかも、真剣にタマちゃんの境遇を案じている人々は多い。正直にいいまして、これは驚きでした。まず、方々のご意見を断片的に紹介しておきます。

 「『正論』は正しい人間社会を作るためのリーダーの役割ができる月刊誌である。殺伐とした世相を救うためにタマちゃん救出基金を設立して、日本国民に呼びかけるならば、必ずや幼児からお年寄りまでのすべての世代に温かい心の共感を呼び覚ますことができる」 
(新潟県小出町の倫理法人会役員、M・Hさん)

 「他への思いやりの薄くなった今の世の中、そのような風潮の中で、従来の生息域とは著しく異なる汚染された河川に迷いこんだ帰る術の分からない子アザラシの為、救出活動を慣行した想う会、アニマルライフラインの皆さんの勇気と信念に対して、私はこころからの支持をしたいと考えます」 

(北海道美幌町の自由業、佐々浪健太郎さん)

 「かわいそうだから助けたいと思う人を感情的で理性のない者のようにいわれる方がおられますが、タマちゃんを見て、幸せそうに見える人は、人間の持っている感性が鈍っているとしか思えません」

(横浜市の主婦、鈴木恵子さん)

 「未来を担う子供たちは私たち大人の行動を見ています。子供たちを失望、絶望の淵に追いやらないようにタマちゃん救出にむけて早急に行動しましよう。後悔先に立たず!」

(一宮市の主婦、野原小百合さん)

 先月、お知らせしましたように本誌編集部に「タマちゃんを助ける会」の「玉川由美子」さんから、「タマちゃん基金をつくって、タマちゃんを北の仲間のいる海へすぐに返してあげてください」という切実な訴えがありました。封書には現金十万円が同封されていました。そこで四月号で、「あなたならタマちゃんをどうしますか」というご意見を募りました。

 四十八通の投稿がありました。さまざまなご意見が寄せられました。そのなかで一番わかりやすい、そっとしておこう派と救出しよう派を数えてみました。それぞれにニュアンスがちがいますので、こういう単純比較がいいのかどうか、ちょっと気にはなります。ですから、これはほんの参考程度にして下さい。比率ではそっとしておこう派が六割、救出しよう派が四割でした。

 私は七対三くらいの比率ではないかと予想していました。意外でした。じつは当編集部でも女性記者と男性記者が侃々諤々の議論を展開したのです。社会部出のバリバリの中堅男性記者が救出しよう派だったのも意外でした。私自身はそっとしておこう派ですが、つとめて口を出さないようにしていました。編集部を分裂させてはいけませんから。公平を保つために救出反対の声も紹介します。

 「とにかくできる限りこのままそっとしておいてあげるのが、迷子になった詳しいいきさつのわからないタマちゃん自身にとっても、不親切というよりもむしろ最善の方法なのではないでしょうか」

(和歌山市の教師、中川祐一さん)

 「タマちゃんは自らの本能で今の川に住んでいるのであり、またいずれ、どこかの川へ移るかもしれないし、海へ帰るかもしれません。つまり行くも留まるも、タマちゃんの本能にまかせることが一番だと思います」

(八日市場市の尼僧、鈴木日宣さん)

 「最初に姿を見せたのが多摩川だったので、タマちゃんという愛称が付いたわけだが、横浜市内の川に移り住むようになったのは環境が躯に合っているからだろう。餌にも恵まれて丸々と太った姿と見物的な人間の騒ぎに動じなく日向ぼっこをしているさまは案ずることもなく、現在のように不況で暗い世相には明るいことである」

(横浜市の元会社員、木村明さん)

 「タマちゃんは、救援などせず自然の摂理に任せるべきだ。冷酷に聞こえるかもしれませんが、それが私なりに出した最良の方法だと思います」

(福岡市の学生、安藤俊さん)

 「子供の苦しみ・悲しみを察し、理解して、共に問題に立ち向かうことは親の責務であろう。だが、理解は同調ではない。同調からは何も生じないのである。タマちゃんの姿に自分の姿を重ね合わせる、という娘さんの心境は、心ある者であれば誰でも理解できる。だからといって、親がそれに同調してタマちゃん問題といじめ問題とを混同し、悲観的になっているのは心もとない」

(昭島市の塾講師、平田紗希さん)

 これらのご意見はこのホームページの別項で紹介しています。全文をご覧になりたい方はどうぞそちらで(ただ、めんどうくさがり屋のためにあえて重複をいとわず必要事項もここに書いておきます)。

 さて、玉川由美子さんから預かった十万円をどうするか。こちらもさまざまな提案がありました。

 はっきりいいまして、悩みました。といいますのは、玉川さんの要望を尊重すれば、タマちゃん基金をつくるとか、救出活動にすぐにも役立てられる組織などに寄付するのが筋でしょう。あるいは一歩ひいて帷子(かたびら)川を管理する神奈川県横浜治水事務所などに寄付する案が考えられます(ただ、公的機関は玉川さんの要望が明確なので寄付を受けることに難色を示していました)。

 じつは、平田紗希さんの投稿にはほっとしました。平田さんはこう続けています。

 「しかし問題は、何といってもタマちゃんへの寄付金の扱い方であろう。『傍観してないで、このお金で助けてあげて』という玉川さんのお気持ちは分かる。だが、迷子の動物を無視するのは非道だ、と単純には決められないのが道徳の世界である。『迷子の動物が哀れだと思わないか』と問われれば、やはり哀れであることには違いない。それでも、玉川さんのお気持ちを理解することと、それに同調することとは区別すべきではなかろうか。故に、送られた現金を編集者がどのように処理しようとも、玉川さんと我々には編集者の意志を尊重する義務があると考える」

 平田さん、ありがとう。

 考えてみますと、タマちゃん問題というのは単に帷子川という狭い領域にとどまらず、たぶんに国際性を帯びているんですね。玉川さんがいう「北の海」というのは、これはもう日本を超えた領域になります。そこで玉川さんの要望を広く解釈して、世界の環境保全と真剣に取り組んでいる信頼性の高いところが望ましいのではないか、と判断しました。

 そして検討の結果、財団法人WWFジャパン(世界自然保護基金ジャパン、東京都港区)に託すことにしました。水環境の保全や絶滅の危機に瀕した野生生物のために取り組むWWFは世界約九十か国で自然保護活動を展開しています。

 WWFジャパンには三月十八日に寄付しました。玉川さんおよび救出派の皆さんには不本意でしょうが、どうかご理解をいただきたいと思っています。

 なお、WWFジャパンでは、「タマちゃんをはじめとするアゴヒゲアザラシの生息環境に大きく影響する地球温暖化の問題、環境保全に使わせていただきます」とのことでした。 これでタマちゃん関連はおしまい。

 つぎはイラク問題ですが、これから外出しなければなりません。イラクはつぎにしましょう。

「正論」編集長 大島信三

 「正論」平成15年5月号 編集長メッセージ



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