お元気ですか。
創刊三十周年を記念して発刊しました臨時増刊号『靖国と日本人の心』はおかげさまで大変好評を得て、売り切れ書店が続出しております。ご購読いただいた方々に感謝申し上げます。
臨時増刊号を読んだ方々からたくさんのおたよりをいただきました。そのなかで多かったのは「英霊の声を若い世代に読ませたい」という意見でした。『靖国と日本人の心』には「英霊からのメッセージ」という特集があります。戦没者の遺書、手紙、日記、遺詠などが掲載されています。これらは靖国神社の社頭掲示で紹介されたものです(もちろん、靖国神社の了解を得ました)。
そのなかから一編、特攻隊員の遺稿を再録しましょう。
美しく生き抜けた
海軍大尉 市島保男
ただ命を待つだけの軽い気持である。
隣の室で「誰か故郷を思はざる」をオルガンで弾いてゐる者がある。平和な南国の雰囲気である。
徒然なるまゝにれんげ摘みに出かけたが、今は捧げる人もなし。
梨の花とともに包み、僅かに思ひ出をしのぶ。夕闇の中を入浴に行く。
隣の室では酒を飲んで騒いでゐるが、それもまたよし。俺は死するまで静かな気持でゐたい。人間は死するまで精進をつゞけるべきだ。ましてや大和魂を代表するわれわれ特攻隊員である。その名に恥ぢない行動を最後まで堅持したい。
俺は、自己の人生は、人間が歩み得る最も美しい道の一つを歩んできたと信じてゐる。
精神も肉体も父母から受けたままで美しく生き抜けたのは、神の大いなる愛と私を囲んでゐた人びとの美しい愛情のおかげであった。今かぎりなく美しい祖国に、わが清き生命を捧げ得ることに大きな誇りと喜びを感ずる。
時は昭和二十年(一九四五年)の春である。終幕を目前にした戦争に明るい材料はひとつもない。祖国の危機にもかかわらず、自然はいつもの通りの、あるがままの自然である。一年のなかで最もよい季節。のんびりした南国。出陣の命令を待つ若者たちにとって、この環境はどうだったのだろう。
市島保男海軍大尉は神風特別攻撃隊の第五昭和隊の隊員。昭和二十年四月二十九日、天皇誕生日に沖縄の東南海上で戦死しました。二十三歳でした。
「正論」編集長 大島信三
| 「正論」平成15年9月号 |
編集長メッセージ
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