読者の指定席 9月号(1)
「命の大切さ」という言葉に不満
元会社員・早川勇郎(川崎市・78歳)
最近、少年の殺人犯罪が頻発する。その度に、教育関係者は「命の大切さを説いてきたのに」と弁明する。
小生などは、日本人として八十年近く生きて来たが「命の大切さ」という言葉が、日本語として生活の中に定着した言葉という実感がない。多くの人もそうだと思う。なぜ、もっと端的に「殺すな」といえないのか。「人を殺すのは一番悪いことだ」といえないのか。
教育関係者だから、気取って恰好の良いことをいおうとするのか。しかしそれで、少年犯罪は減ったか。事実は逆だろう。
私は戦前の荒々しい時代の教育を受けた人間だ。しかし、当時にも、今のような少年殺人事件は、知る限り無かった。
「罪のない人を殺してはいけない」と強く教えられた。
「命の大切さ」などという、ソフトで、誰かに作られたような言葉で、少年たちの心に直に響くだろうか。
言葉は、ファッションや恰好ではない。「人を殺すな」「殺すな、盗むな、姦すな」は、道徳の基本である。何故、こういう単純明快な教育が出来ないのか。「命の大切さ」という言葉を聞く度に消化不良のもどかしさを感じる。
甘い顔にはご用心
カウンセラー助手・佐藤和代(我孫子市・34歳)
“北朝鮮拉致家族を救おう”と銘打って、怪しい団体が街頭で募金活動をし、集めた金をまんまと騙し取っていた。その団体の長は、内閣府支援課の課長の名刺をもらい、それを悪用し、内閣府認可団体であるかの振りをしていた。募金は人の善意により成り立つ。その善意を利用し、甘い顔して私腹を肥やすとは許し難い行為だ。
七月初めに地元で開かれていた高校教科書展示会に行ってきた。最近の教科書は表紙が実に美しい。中を見ると、これまた綺麗なカラー刷り、レイアウトも気配りが行き届き、読み易い。コラム欄は話しかけるような書き方で、本文で伝わりにくい部分の補足の役目を果たしている。しかし、この甘い顔にもご用心だ。
ある日本史教科書コラム欄では、外国籍の学者の文章を用い、日本がいかに侵略したか、人種差別をしたかを懇切丁寧?に説明しているのだ。
男女共同参画基本法を利用した、ジェンダー・フリー講演会も然り、である。美しい女性講師が“女性は今まで差別されてきたんですよ”と甘い声で囁き、女性の自立を唱え、離婚を勧める。家庭破壊の目論みを隠して。
現実社会は甘くない。本当のことを知る人は、そう甘い顔をしていない。本物は苦悩を超えたところに存在する。そしてその言葉は、本物を知りたいと渇望する者の心に滲みてくるのである。甘い顔には要注意だ。
石原慎太郎氏の担ぎ方
会社役員・尾関圭一(千葉市・73歳)
石原慎太郎氏は生かし方によっては大仕事を期待できる人材である。単に総理にしたいでは情けない発想だ。彼は亀井某氏のように自らは名乗り出ない方がよい。担がれる人である。
期待する大仕事、乗せる神輿、担ぎ出すタイミングを考えてみたい。自民党の中では十分生かせない。コップの中の嵐に巻き込むだけ。自民を含む政界全体の人材として生かしたい。次の仕事を期待したい。
一、二大政党制の枠組みを作る旗振り。自民党の枠を超えた神輿に乗る。
二、基地問題を含む安全保障問題に一歩踏み込む。
三、靖国神社、歴史認識問題に明確な態度を示す。
四、政と官のあるべき姿を明確にする。
五、小泉構造改革を加速・推進する。
石原氏が首相になっただけで内外の識者はこの五項目を容易にイメージできる。日ごろ彼が言っていることだから大方は覚悟する。
民主・自由両党が中心になって神輿を担ぐ、これに新しい波を期待する自民党の若手が加わる。この際民主内の旧社会党の不純分子は切る。これで抵抗勢力を中心とする老醜の自民党との二大政党ができあがる。
あと一期小泉首相に続投を期待する。小泉首相の構造改革路線を引き継ぐ勢力は自民党にいない。
石原新党がこれを引き継ぐことになる。二〇〇四年〜五年頃になろう。九月の総裁選で小泉危うしとなれば登板を早める。石原氏は一期の全力投球。二期やったらボロが出始める。
許されぬ教育界の荒廃
公務員・横尾成彦(所沢市・57歳)
広島県尾道市で民間出身の校長が自殺したばかりでなく教育次長までが自殺に追いこまれた。
また、高校教師なのに大学入試問題どころか中学校の授業レベルも満足に答えられない教師がいたり、東京都小金井市の中学校では担任教諭が校長の制止を無視して海外旅行し、新学期を楽しみにしていた生徒の心を踏みにじる教師まで現れた。
その他教師による飲酒運転や万引、痴漢をはじめ学級崩壊も増え続け教育界の荒廃はとどまることがない。公務員は採用の際に服務の宣誓を義務づけており「私は日本国憲法及び各種法令を遵守します」と約束しているのである。
各種法令とは国家公務員法や地方公務員法はもちろん、各自治体における服務に関する条例、規則も含まれている。
国や地方の公務員法には「職務に専念する義務」「上司の命令に従う義務」「営利企業への兼業や政治的行為の制限」「信用失墜行為の禁止」等が定められておりこのいずれかに違反した場合は懲戒処分できるのである。
ところが、懲戒免職に至らなくても停職や減給処分すべきなのにこれまで訓告や口頭注意程度の処分で済ませていたために再発しても過去の事例が足枷となって重い処分ができなくなっている。
私の部局では上司の命令は絶対であり、部下が批判することは許されない。また遅刻や早退はもちろん、私的な交通事故や違反であっても処分を受けることがある。さらに年次休暇の取得も制限が多く、サービス残業はあたり前である。また五段階評価による勤務評定も厳格に行われており、昇給や退職金にも大きな差が出る。
教職員の中には年功序列が当たり前で、無能な教師でも定期昇給の恩恵に甘えている者がいるのではないか。悪質教師をクビにできなくてもせめて減給や降格処分にして、安給料が馬鹿らしくなって退職に追いこんで欲しい。
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【読者の指定席(2)】
| 「正論」平成15年9月号 |
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