十数年前、瀬戸内のある地方紙で新聞記者のスタートをきった頃のことだ。も
ともと新聞記者になろうと学生時代から準備していた訳でもなく、ひょんな縁で
この世界に飛び込んでしまった私に、何くれとなく面倒をみてくれた先輩記者が
いた。Sさんとしておこう。Sさんは私の所属していた会社の先輩ではなく、さ
る全国紙の支局記者だった。たまたま取材現場で出会い、どこをどう気に入って
くれたのか、それ以後折りあるごとに私を引き回してくれた。
Sさんは大阪出身。四十に近かっただろうか、痩せ男で、「新聞は常に権力と
対峙していなくてはならない」という信念の持ち主だった。その野党精神に徹し
た取材ぶりは体格とは対照的にとてもエネルギッシュで、また私とは考え方の違
うことも少なくなく、歴史や政治の問題をめぐって何度も議論を交わしたが、そ
れで不愉快になるということはなかった。いわゆるウマが合ったのだろう。議論
は二人にとって酒の肴のようなものだった。Sさんは、決して自分が先輩だから
ということで私に結論を押し付けるようなことはしなかった。まことに気分のい
いひとだった。
ある晩、お互い取材のヤマ場を超えて、いつものように馴染みの居酒屋のカウ
ンター席でビールのグラスを交わした。ビールから私はバーボンのソーダ割り、
Sさんは日本酒というのがお決まりの流れだった。
「どうや、カミちゃん、いい記事が書けそうか?」
Sさんはいつになく弾んでいた。
「新聞記者というのは、本当に面白い仕事やろ。シンドイことも多いけど、俺は
この仕事を選んで良かったと心底から思ってる。新聞はたしかに功罪相半ばする
ものかもしれんが、新聞記者がそこらへんをうろちょろすることで困る奴が必ず
いる。悪いことをする連中のことや。政治家であれ、役人であれ、誰であっても
やな、悪い奴を枕高くして寝させへん、それが新聞記者の仕事の第一だと思って
る。警察もまあ、似たとこあるけど、彼らがやれんようなことが俺たちにはでき
るやろ。素朴な社会正義を忘れて、屁理屈ばかりこねる評論家みたいな記者にな
ったらあかんで」
こう言って切り子のぐい飲みを一気にほしたあと、「あ、あかん、いまのカミ
ちゃんへの説教とちがうからな。俺自身の戒めみたいなもんや」と笑った。
行きつけのバーでSさんとしたたか飲んで、明け方近くに聞いた話も忘れられ
ない。それはつぶやきのようだった。
「長く新聞記者をやってるとな、自分の書いた記事が原因で誰かを死なせること
もあるかもしれん。たとえば、“サンズイ”を暴いたら、それがひどい心労を当
事者に与えることになって自殺に追いやったりとかな……。それを自業自得や、
とは割り切れん、苦い思いに駆られたりすることもある」
“サンズイ”というのは、新聞記者の符丁で汚職事件のことである。私は黙っ
て聞いていたが、Sさんが大阪社会部時代に〈鬼の〜〉と呼ばれていたことを仄
聞していたので、「死なせることもあるかもしれん」というのは、「死なせたこ
とがある」というふうに聞こえた。「ネタを掴んで、ちゃんと裏が取れたら、新
聞記者は書くことをためらったらあかんのや。“それ”を書くべきか、書かざる
べきかを迷ったら、俺は“書く”ことに決めてやってきた。そして、その結果は
すべて自分がもたらしものとして引き受ける」
遠い視線が急に私に向き直って、「あ、あかん、これも説教とちがうからな」
とSさんは笑った。
そういえばSさんは、いつも笑顔で話を締めくくっていた。
出会って二年半が経った初春、大阪に向かうフェリー乗り場でSさんを見送っ
た。大阪本社に戻るという。
「なんでフェリーなんですか?」
「うん…、何となくや。大阪と瀬戸内のこの県との距離を実感してみたくてな。
いい風が吹いてるから、これなら船足も早いやろ」
「帆船じゃないんですよ。エンジンついてるし…」
笑うと、
「気分や、気分。それに船足に追い風はばかにならんのやで」
Sさんはタラップを上がっていく。
「頑張りや。またどこかの取材現場で会おうな」
私は船影が見えなくなるまで桟橋に立っていた。
幼稚園児らしい数人が目の前を駆けていく。手にした風ぐるまがくるくる回っ
ていた。
人生も、出会いと別れの連続で回る風ぐるまのようなものかもしれないな……
。Sさんは、駆け出しの自分にとって、とても有り難い、いい風だった。そんな
ふうに思うと、自然に目頭が熱くなった。
それから数年後、私は縁あって産経新聞社に移った。Sさんとは会う機会がな
い。見落としているのかもしれないが、紙面でSさんの署名記事を目にすること
もない。偉くなって、もう記事を書くこともなくなったのかな、と思ったりする
が、是非とも消息を確かめたいという気にはならない。
「頑張りや」という声は、今も耳朶に残っている。
出会いと別れ……、この七月、産経新聞社も異動の季節を迎えた。雑誌「正論
」編集部からも一人の女性記者が異動した。「正論」の編集者は、同時に産経新
聞社の記者でもある。彼女は東京を離れ、北関東のある支局に赴任し、いわゆる
“サツ回り”から始めて、編集者とは異なる仕事に日々追われることになる。
風ぐるまは回っている姿こそが華だ。よく回る風ぐるまのように、彼女の人生
にもよき風が吹いてほしいと思う。
負けず嫌いの彼女のことだから、よけいな心配かもしれないが、私も遠い日の
Sさんにならって−−。
「頑張りや」
「正論」編集部 上島嘉郎
| 平成15年7月14日 |
Web版「正論」コラム
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