お元気ですか。
短い夏でした。ことしは結局、夏の海を一度も見ないうちに九月です。新潟県の山奥育ちなので海は小さい頃からの憧れでした。高校生の頃までは海といえば、 新潟県北端の瀬波海岸でした。村上市の近くです。社会人になって何年後だったか、週刊読売で瀬波が全国温泉ベストテンのトップになっていたのを見て、びっくりしたのを覚えています。
瀬波にはもう何年も行っていません。ショート・サマー、クール・バケーションの八月、瀬波にかぎらず海浜の旅館やレストラン、海水浴場、海の家はどうだったのでしょうか(それとも海の家はもう流行らないのでしょうか)。SARSの余波で国内観光は好転するはずだったのに、なかなか世の中はうまくいきません。
根が天邪鬼なのか、「夏が来ると思い出す」ではなく、「夏が去ると思い出す」で、海が懐かしい。本誌十月号のエッセー特集は「忘れられないあの日の食事」ですが、子供の頃に瀬波海岸でたべたカキ氷はおいしかった。ほんとに忘れられません。高校時代は砂浜で何時間も過ごしました。ただ眺めているだけでも海は飽きなかった。同じ日本海でも平成九年八月四日に訪れた新潟市水道町近くの海はどす黒くみえました。横田めぐみさんが拉致されたところだから、両眼にバイアス(偏見)がかかっていたのでしょう。
偏見といえば、わが瀬波海岸は世界的な保養地として有名なフランスのニースよりもはるかによい、と自賛しています。ナポリよりもよい。ナポリ級の景観は日本にいくらでもある、と現地で思いました。
ただニースのすばらしさは空と海にあります。コバルトブルーといいますか、雨上がりの空のようなしっとりとした美しさに青磁のもつ気品を感じました。空と海が渾然一体となっているのですから、荒々しい日本海など足元にも及びません。
にもかかわらず瀬波に軍配をあげるのは、お国自慢だけではありません。ニースの海浜にがっかりしたのです。さらさらと手にこぼれる砂ではなく大石、小石がごろごろしている浜だったのです。砂浜のあの感触とはまるでちがう。とにかく座っていると尻が痛くなってくるのです。
バラにトゲあり、ニースにストーンあり。保養地に別荘など持てない庶民には、たとえ風光明媚にしても寝転べない砂浜はどうにも具合がよくないのです。
「正論」編集長 大島信三
| 「正論」平成15年10月号 |
編集長メッセージ
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