FUJISANKEI
 COMMUNICATIONS
 GROUP
 Opinion
 Magazine





 seiron
 

 <知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>


 【長寿の秘法】
 生活習慣病から身を守る方法 第9回 循環器
 四十歳は人生の長さを決める分岐点




ジャパンメディカルアライアンス東日本循環器病院院長 小柳仁
 −−今回は循環器病の代表とされる、脳卒中・心臓病・高血圧症・高脂血症について伺います。まず、脳卒中(くも膜下・脳内出血・脳梗塞)、心臓病(虚血性心疾患)に関して、その症状と対処法について教えて下さい。

 小柳 いずれも動脈硬化によって起きる病態です。動脈硬化が起きると、簡単に言えば血管が膨れるか、詰まるかどちらかになります。これは脳でも心臓でも同じです。膨れてくると血管の壁が薄くなるので、やがて破れて出血します。また、詰まると狭心症や心筋梗塞、脳梗塞などを引き起こします。

 脳内出血は通常、脳動脈硬化に高血圧などの素因が加わると起きますが、くも膜下の場合は、先天性の動脈瘤が破れて出血することがあります。そして、頭を打つなどの外傷性による出血もあります。

 血管が詰まって起こる脳梗塞は、現代人の食べ物の変化や過度のストレスによって動脈硬化が進み、血管に血栓(血液の固まり)が詰まって突然発作が起きます。

 かつては発作で倒れたら、「戸板に寝かせて、動かすな」という言葉で表したように、どこかに搬送するにしても、とにかく動かさないことが基本でした。

 しかし現在は、いち早く近い病院に搬送し、血栓を溶かす治療(血栓溶解療法)を行うことが正しく、これは数十分が勝負になります。

 面白いことに脳血栓の溶解療法は、内科医が行います。心臓も同様で、狭い血管を広げたり、血栓を溶かす薬を入れるなどの治療は、外科医ではなく、内科医がする時代になりました。外科と内科の区別が、もう古いのですね。血管の病気の場合、区別していると時間的に間に合いません。

 眼科や形成外科は、皆さん、より良い病院を求めて遠くまで行くでしょう。しかし血管の場合は、心臓も脳も時間が勝負なので、近くの病院に運ぶしかありません。そういう意味では、地場産業なのです。

 −−とにかく迅速な対応が求められるのですね。では、メスで開くということはあまりなくなったのですか。

 小柳 そういうことよりも、もっと素早く、しかも患者さんに負担がかからない方法から始めます。麻酔をかけるのにも、数分かかりますから。頭でも心臓でも、動脈に針を刺して、そこにガイドワイヤーを入れて、それに沿わせてカテーテルを入れる作業を数分でやります。麻酔が必要な場合は、それからか、あるいは同時進行でやるでしょう。そして、カテーテルで狭いところを広げたり、血栓を溶かしたり、バイパス手術をしたりということになります。

 特に脳は心臓より、命に関わる虚血時間(血の通わない時間)が三〜五分と短く、一流の施設に運ぶ前に勝負が決まっている場合が多くあるのです。その点で、日本の救急搬送の事業は、とても有効にできています。発作を起こした患者さんを二十分以内にしかるべき施設に運べない都市はまずないと思って頂いて良いと思います。私どもの病院が対象にしている地域でも、大抵は数分から二十分以内で運んでいます。

 但し、発作を起こしたときに周りにいる人が「脳か心臓だな」と気づけるかどうかという問題があります。急げば間に合う状態でも、その家族や救命救急士にそこのレベルまで目覚めてもらわなければ手遅れになってしまいます。

 アメリカでは、医師会が地域のコミュニティーの場、例えば教会などで心臓マッサージや心肺蘇生を教えています。日本では、コミュニティーの共通の広場があまり整っているとは言えません。隣に誰が住んでいるのか分からない町が多いですから。本当はもっと一般市民が、緊急を要する病気の知識や救急処置の方法を学ぶ場が必要かもしれません。

人間は動脈と共に老いる

 −−脳や心臓の発作の場合、前触れというのは一切ないのでしょうか。

 小柳 あります。めまいや片頭痛、それから数秒の失神、耳鳴りなど、脳動脈硬化の症状はたくさんあります。

 −−症状が出る前でも、数値で異常が分かる検査システムは何がありますか。

 小柳 脳ドックを受けたら良いと思います。「ドック」という言葉、日本人は好きでしょう(笑い)。

 脳ドックは人間ドックの一部ですが、CTやMRIなど非常に有効な方法があります。脳の断面を画像的に切って、脳の血流を測定する方法もあります。そういうことを健康なときにやるのが良いでしょう。一年に一度やって、去年と比べてみる。脳がスカスカになっているのもよく分かります。私は何を言われるか分からないのでやりませんが(笑い)。

 −−脳の萎縮は加齢と共に避けられないことなのですか。

 小柳 はい。ですから「物忘れひどいな」と自分で思うでしょう。でもこれは仕方のないことなのです。

 −−脳ドックの所要時間はどれくらいですか。

 小柳 五、六時間です。午前中から来て頂ければ、お昼を挟んで三時か四時には、結果をお見せして説明できます。今後の摂生に関してのお話をして、元気に帰っていただきます。

 ドックというのは、病気を発見する目的もありますが、本来はその後一年間、元気に生活していただくためにやるものでもあります。多くの方はそんなに悪いところは出てきません。しかし老化は間違いなく進みます。特に血管病は老化が原因です。

 アメリカのハーバード大学のお手本になった、ジョンズ・ホプキンズというボルチモアにある古い病院があるのですが、そこの内科の教授であったウィリアム・オスラーという方が「人間は動脈と共に老いる」という言葉を残しています。

 これは名言ですね。もし、人間の動脈が歳をとらなかったら、人間は「不老不死」です。動脈が老いなければ、人口が増えすぎて、今頃みんな餓死しているでしょう。

 動脈が原因で心臓か脳で亡くなる方が三分の二、そして死因の三分の一を占めているのは、今日まで解決できていない悪性腫瘍です。しかしがんはいずれ必ず抗体が見つかると思いますが、動脈硬化を百パーセント防ぐ方法は、恐らく未来永劫できません。

 日本は世界一の長寿国で、平均寿命が八十歳の時代です。しかし後半の二十年を病気で苦しんだら、健康寿命は六十年しかないということになります。ですから少しでも長く健康で過ごせる期間を延ばそうと、世の中の循環器の医師も、脳外科医も心臓外科医もそのために頑張っているのです。

食事の欧米化と遺伝的要因

 −−動脈硬化は中年期の病気だというイメージがありますが……

 小柳 それは間違いで、二十歳ぐらいから始まっています。というのも、十代後半から二十歳くらいまでに、もうかなり悪いことをしているでしょう。喫煙、飲酒、それにハンバーガーを何千個も食べているかもしれない。ですから、しなやかな動脈というのは、大体十五歳くらいまででしょう。

 −−喫煙も飲酒も食べ物も全て、動脈硬化を促進しているのですね。

 小柳 私は喫煙中の患者さんは基本的には診療しないことにしています。たばこは完全にやめて頂きます。しょっちゅう痰を吐いている慢性気管支炎の人は、仮にやめても三カ月経たないと治りませんし、その間は肺合併症で命を落とす危険性がありますから手術はできません。今も一人、喫煙していたので手術を延期して、待ってもらっている患者さんがいます。

 近々、たばこのパッケージの表示が変わります。今までは「健康を害する恐れがあるので……」とありましたが、今度は恐れのある病名を全部書くことになりました。JTと循環器学会が散々論争したのですが、その表示に関しては日本が一番遅れているので、今回の決定はとても良かったと思っています。

 アルコールに関しては、循環を良くし、末梢血管を広げるので、適量であれば循環器系には良い効果があります。飲み過ぎると心臓が働きすぎますが、例えばビール中瓶なら一本(アルコール量二十グラム)、日本酒なら一合(同二十二グラム)が適量です。

 そして食べ物に関してですが、コレステロールは悪玉ばかりに思われがちですが、病気と闘う抗体を作る大事な成分でもあるので摂らないわけにはいきません。しかし日本人はかつて、主に鰯と野菜と大豆を食べて生きてきた人種でしょう。世界一の長寿国と言われるまでに至った理由は、その様な食生活が良かったからです。

 フランスにリヨンという美食の街があります。そこに流れるローヌ川では、とても美味しい鱒(マス)が取れます。これは実際に訪れた友人から聞いた話ですが、入ったレストランでその調理方法に驚いたそうです。

 日本だったら塩焼きか素焼きにして、生醤油とすだちをかけて食べるでしょうね。しかしフランスでは、魚の形のパイを焼くそうです。そして蒸した魚の身を全部ほぐし、十六種類のハーブとバターを大量に加え、グジャグジャに混ぜてパイに詰め、オーブンで焼くと言うのです(笑い)。日本とは大違い。日本の食べ方は素朴ですが、健康にはとても良い。そういう習慣を持っていたことを思い出してほしいのです。

 −−高血圧症や高脂血症も、そうした食事の欧米化が原因でしょうか。それとも遺伝的な要因が大きいのでしょうか。

 小柳 両方あります。日本では食事の欧米化のせいで、確実にコレステロールの摂取量が増えています。

 また、家族性高脂血症という人も多くいます。若い頃から、コレステロール値が二七〇〜三〇〇mg/dl(正常値の上限は二二〇mg/dl)くらいですが、そうであっても必ずしも重い心臓病や血管病にかかるわけではありません。早めに気がついてきちんと摂生し、定期的に通院すれば、何事もなく一生を過ごせる方が多いのです。

 この家族性高脂血症の治療法には、LDLアフェレイシスという非常に有力な方法があります。いわゆる透析で、血液中の脂質を取っていくというものです。一週間に一度の頻度で行いますが、家族性なので、どんなに自己管理をしても薬を飲んでもコレステロール値は下がりにくいのです。そこで脂質をうまく吸着し、血液透析の様に、透析器で血液の成分を抜きます。これを週に一度ですから、一年間で約五十回行います。そうすると、その人の動脈硬化の進行は少なくとも止まるのです。

 ですから将来、もっとこういう治療が簡便になった場合には、血管を軟らかくする治療法なんていうのもできるかも知れませんね。腎臓の人工透析のように、血液中の悪い成分を取る血漿工学という分野がありますが、その方法を工夫すれば尿毒だけでなく、同じように悪い脂質も取れます。そのためには保険が利くようにしたり、もっと身近な治療になる必要がありますが……。いずれにしても自分が家族性高脂血症だと分かるためにも、健康なうちに検査を受けて、まず自分の身体の特性を知っておく必要があります。

四十歳からの生活が、幸せな老後を送れるかを決める

 −−現在動脈硬化の患者数はどんどん増えていますか。

 小柳 はい。それに、いまの生活習慣で子どもたちが育っていくでしょう。その子どもたちが中年になる頃、つまり動脈硬化が大体出来上がる頃、この病気はさらに増えてしまうと思います。ですから総カロリーの制限や、一日に摂る食塩量や脂肪量の制限などについて、もっと明確な指針がいるのではないでしょうか。

 −−先程、日本にはコミュニティーの場が欠落しているというお話がありましたが、やはり健康維持を目的とした、啓発の場が求められますね。

 小柳 自治体に音頭を取ってもらい、勉強会をあちこちで開くのが良いでしょう。私も時々、市民センターなどで健康に関して講演を依頼されますが、年輩の方が非常に多いのが残念です。むしろ若い方たちに聞いて欲しい。ですから、大学の卒業記念式典や、四十歳になった記念式典などを設けて、そういう場で話したいです。

 −−成人式の四十歳版ですね。

 小柳 成人式では「みんな頑張れ」という激励の祝辞が多いけれど、人間の身体は財産であり、社会資本ですから、「動脈硬化は今日から始まっていますよ」という話もすべきでしょう。

 そうすると結果的に、国の医療費の抑制にも繋がります。いま医療費に三十二兆円も使う時代です。そのために少々お金がかかったとしても、三十二兆円という金額を考えれば安いものです。

 −−記念式典に一番集まって欲しい年代は、四十歳くらいですか。

 小柳 本当は二十歳ですが……、四十歳でもまだ間に合います。私は、四十歳になった時に「健康手帳」が国民に渡るようになると良いと思っています。そして最低限そこに、身長、体重、血圧、総コレステロール、血糖値などを記入して、平均と比較する。そして年一回、どこの医療機関でも良いから、きちんとそこの項目を埋めていくようにすれば、随分意識が違ってきます。

 また、動脈硬化度を測る検査(ABI)をご存じですか。手足首の血圧を測るようにして、血液の流れをみる検査です。鉛の管のようになっている動脈硬化の人は、速度が遅い。そして振幅が少ないのが特徴です。しなやかな血管の人は、即座に波長が伝わって、脈の波も大きい。

 この検査は簡単に五分程で分かりますし、現在、日本全国で積極的に推進しており、大学病院だけでなく、開業医のところでも可能です。これこそ記念日に実施されるべき検査です。

 四十歳はとても大事な年齢です。人生を長くするか短くするかの分岐点です。若いうちは体力に任せて無茶をしても、四十歳を過ぎた時、賢明な守りに入ると、老後はとても良いものになると思います。四十歳は確かにまだまだ若い。でもそこで一歩立ち止まって自制することが、知恵ではないでしょうか。人間の身体には限界がある、無限ではないのだと気づく人が、本当に賢明な人間だと思うのです。

(聞き手/本誌・桜木理恵)

 【略歴】小柳仁氏  昭和11年(1936年)、新潟生まれ。新潟大学医学部卒業後、東京女子医科大学心研外科助教授、パリ大学およびドイツ心臓センター客員研究員などを経て、同52年、国立循環器病センター心臓外科主任医長。その後、東京女子医科大学心研循環器外科学教室主任教授、聖路加国際病院ハートセンター長などを歴任、平成14年より現職。日本胸部外科学会、日本移植学会、日本人工臓器学会などの会長を歴任。米国胸部外科学会正会員。東京女子医科大学名誉教授。著訳書多数。

 「正論」平成15年10月号   論文



産経Webに掲載されている記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての著作権は産経新聞社に帰属します。(産業経済新聞社・産經・サンケイ)
Copyright 2003 The Sankei Shimbun. All rights reserved.

 FUJISANKEI COMMUNICATIONS GROUP Opinion Magazine
susume
pre