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<知を楽しむ人のためのオピニオン誌・「正論」>


 Web版「正論」コラム
 衆院選にあたり「一票の格差」を考える
 二人のある衆院議員がひょんなことから酒席で言い争った、と霞ケ関のキャリア官僚が話してくれた。

 「しまいにね、一方の議員が『君なんか、たかだか三万数千人の得票で当選したんじゃないか。こちとら十一万人だ。支持の厚みが違うんだ』って言ったら、言われた議員は、ぐっと押し黙ってしまったよ」

 その官僚によると、同じ国会議員でも得票数に開きがある現実、つまり「一票の格差」(一議席当たりの人口格差)をこれほど分かりやすい形で見せつけられたのは初めてだったという。

 現在、一票の格差は最大2・138倍(最新の平成15年3月末の住民基本台帳による)。都市で暮らす有権者は、二人合わせても、ある地方の一有権者の票の重みに満たない、という計算になる。

 なぜこの格差は縮まらないのか。

 区割りの見直し経過を取材したとき、格差を縮めるのに大きな足かせがあることに気づいた。

 それは、各都道府県に議席を配分するときの方法である。

 人口に正比例して配分すれば、高知、徳島、福井などの過疎県の議席は「2」にな

る。

 ところが現行の配分法は、各都道府県に1議席ずつ配分してから残りを比例配分する方式なので、こうした県も「3」議席を得ることになった。

 本来ならば「2」のところを「3」議席得るから、人口がそれはそれは少ない、小さな選挙区が誕生する。人口集中が進む大都市の選挙区との格差は、ますます進むばかりなのであった。


 なぜこの配分方式になったのか。導入から10年が経とうとする今、理念を検証する意味があると思い、あちこちできいてみた。

 ところが、結果はむなしかった。8次審(第8次選挙制度審議会)や、自民党の正式な会議では議題にならなかったのに、国会提案の段階で「この変な配分方式がポッと入ってしまった」(当時の自治省、現総務省幹部)というのだ。

 自民党議員が、議席が減らないよう、自らに有利な配分法を最終段階で考えだしたらしい。

 小選挙区を答申した第8次選挙制度審議会の堀江湛先生は「なぜでしょう。私たちが完全小選挙区制を答申したとき、このような話はありませんでした」と言う。

 現在、官邸で官房副長官を務め、平成13年の見直し当時、自民党の責任者だった細田博之議員も導入時の明確な経緯は分からないとのこと。

 与党の「衆院選挙制度改革協議会」の中山正暉座長も、現行の定数配分法を前提として議論を進めていた。

 理念をはっきり語る当事者の声を得られないまま、昨夏「不平等はなくせるの」という連載を産経新聞で特集したところ、多く反響が寄せられた。

 その中に「現在の配分方式になったのは、自民党に有利だから」という事例を具体的に指摘した声があったのは見逃せない。

 過疎県は自民党が強い。現実に、人口が小さい20選挙区のうち、17が自民党選出である。

 特に、人口正比例の配分では議席が「2」に減る、ある県の有力議員の名前があがった。その有力議員が自ら「3」を獲得する計算法を推したのではなくとも、周辺がこの議員の意向に配慮した可能性もある、という声もあった。

 「3」議席に増えるように試算を行って、仲間に公表した議員を名指しする声も寄せられた。党利党略、個利個略の典型である。

 区割りを見直す審議会(衆院選挙区画定審議会、平成13年)としては、審議会設置法にこの配分方式が明記されており、改めるわけにもいかない。結局、足かせをはめられたまま、格差是正に取り組んだ。

 小さな選挙区を大きくするには、県人口は限られているから、無理矢理に他県から有権者を強制移住させるしか方法はない。

 そんなことはできないから、大きな選挙区を割って小さくして、格差を縮めることになった。

 それは、昔ながらの地域の一体性を分断することになり、議員は地域代表であるという政治学の初歩の概念にも逆行するものでもあった。

 東は千葉県で、浦安、市川、船橋、習志野、千葉市など市域が連なる地域で、分断を避ける組み合わせに議論が白熱した。神奈川、埼玉も同じだった。

 西は琵琶湖周辺の区割りが、やはり議論の対象となった。兵庫6区は結局、全国最大の選挙区としてそのまま残った。

 大都市に限らず、人口が集中する県庁所在市も同じだった。

 秋田市の北部を割るにあたっては、市の中心部と、北側の郡のどちらとゆかりが深いか、歴史面の検討がなされた。

 高知市を分断するときは、県選管、市選管の双方に意見提出を求めた。

 情報公開請求で手に入れた議事録を読むと、審議会は全国すべての選挙区について、山、川、田畑などの地勢、産業や方言など種々の郷土の歴史と文化に思いをはせて線引きした様子がうかがえる。

 こうして出した「最善」の答申も、定数配分方式の問題から、格差は開いたままだった。


 米国の定数配分の歴史をみると、18世紀中ごろから議論が始まり、1947年の「数学者も交えた大論争」でひとまず決着をみている。その後も議論はたびたびあるが、47年当時の計算法を覆すには至っていない。

 ひるがえって日本の決定過程をみると、わずか10年前のことでも導入経緯がよく分からないのは、日本の政策決定制度そのものの問題、つまり与党の事前審査制度の問題である。

 政策決定過程は、どのような段階であれ、国民に対して開かれていなければならない。

 その米国も、「格差ゼロ」を徹底するのは下院であり、上院の格差は問題視されていない。上院は各州に一律二議席を配分して68・8倍もの格差があるが、過疎地の意見も国政に反映する配慮で、下院とバランスをとっている。

 しかも、格差がある上院が優越する。連邦制であるという、国の成り立ちの違いも日本とは大きく異なる点である。

 日本で上院にあたるのは参院だが、優越するのは衆院である。一票の格差の是非は、ハウスの違い、つまり衆参の性質の違いの検討も必要だ、というのが、審議会委員の一人、内田満・早稲田大名誉教授の意見だ。

 日本の人口の大部分が都市に集中する現状で、都市部からのものの見方だけで日本全体を考えてよいのか、と疑問を呈する意見にも、私たちは耳を傾ける必要がある。

 さまざまな意見があり、こうした意見のぶつかり合いがすべて国民の叡智として蓄積され、次代につないでいってほしいと願っている。


 話を元に戻そう。とりあえず当時を知る人に、現行制度の導入経緯と問題点を書き留めてほしいと思っていた。

 そこで今回、当時選挙制度を担当した元衆院議員に原稿を依頼した。いつかまた「一票の格差」が問題化したとき、雑誌『正論』のこの論文が国会議員らの判断に役立ち、改善への一助となることを期待している。

 選挙制度の問題は、私たちの政治へ参加する権利を具体化し、民主主義の根幹に関わる問題であることを忘れてはならないと思う。

(平成15年10月26日、12月号校了後に)

「正論」編集部 牛田久美

 平成15年11月7日   Web版「正論」コラム



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