お元気ですか。
例年のことですが、十二月の場合、本誌は二回発行されます。十二月一日発売の一月号と十二月二十五日発売の二月号です。ということは、一月号の発売期間は二十四日間しかありません。本誌読者のなかには、どういうわけか、次の号が間もなく出るという月末に書店で駆け込み購入する方がいますので、念のためお知らせします。
つい最近、ある元代議士からこういわれました。短い言葉でしたが、毒気がありありでした。元官僚のこの人は外務省担当者の苦労を語りました。言外には、一部メディアの延々と続く拉致報道が日朝交渉にマイナスであることを匂わせていました。その一部メディアに本誌も含まれているのはいうまでもありません。
いま発売中の一月号もそうですが、本誌は「頑なに」というべきか、それとも「愚直に」というべきか、拉致事件について大量のページ数を割いてきました。理由はかんたんです。北朝鮮による拉致は日本人にとって重大な事件であり、まだ解決されていないからです。したがって必然的に北朝鮮を語る回数も多くなります。
朝日新聞発行のオピニオン月刊誌『論座』十二月号は「『北朝鮮』の語られ方」という特集を組んでいました。そのなかに「月刊誌『諸君!』『正論』はどう論じてきたか」という論文がありました。筆者は津田塾大学の高崎宗司教授です。
高崎論文によりますと二〇〇〇年一月号から日朝首脳会談以前の〇二年十月号までの『正論』には、北朝鮮関係の文章が計四十本、月平均一・二本掲載されているそうです。自分のところの雑誌なのに、へェー、そんなに取り上げてきたのか、といった感慨があります。
日朝首脳会談以後はどうかといいますと、二〇〇二年十一月号から〇三年十月号までで計六十二本、月平均五・二本となるとか。
参考までにライバル誌の『諸君!』も紹介しましょう。二〇〇〇年一月号から日朝首脳会談以前の〇二年十月号までは計二十三本、月平均〇・七本。二〇〇二年十一月号から〇三年十月号までは計六十三本、月平均五・三本になるそうです。
こうして比較してみますと、日朝首脳会談以後は『正論』と『諸君!』はほぼ同じですが、それ以前は『正論』が断然多いことがわかります。本誌は、金正日が拉致を認めるやいなや途端にキャンキャンとはねまわって、拉致だ、何だと叫び始めた一部メディアとはちがうのです。
また、高崎論文によれば、『正論』は北朝鮮の人権問題に高い関心をもっていて、これは『諸君!』とは異なる『正論』の特色だと述べています。そういう編集方針できましたので、これは的確な指摘だと思います。
じつは、『論座』十二月号の特集「『北朝鮮』の語られ方」に私も引っ張りだされました。『論座』の上丸洋一編集長が大手町の産経新聞社へ来られて、十四階の応接室で編集長対決インタビューとなりました(実際はなごやかな雰囲気ですすめられましたが)。そのなかにつぎのようなやりとりがありました(以 下、――は上丸編集長。●は大島)。
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――『正論』の北朝鮮関連の記事を集約すると、北朝鮮との対話は幻想であの核武装もありうる、という主張が浮かび上がってくるように思います。
● それは深読みがすぎます。一言で「北朝鮮」といいますが、私は二つに分けて取り上げてきたつもりです。一つは金正日政権であり、もう一つは北朝鮮の国民です。金正日政権については「あれは果たして国家なのか」という根本的な疑問があります。ジョン・ロックは市民が政府をつくるのは、生命・自由・財産を守るためだと言っていますが、一体、金正日政権は国民の生命・自由・財産を守っているだろうか。そういう「国家ならぬ国家」と対話が通じるのかどうか。そういう政権のもとにある国民はかわいそうです。同情します。だから脱北者の 証言、国民の生の声を繰り返し繰り返し掲載してきたのです。日本の核武装については私は慎重でありたいと思っています。
――北朝鮮の体制は転換されるべきだと。
● ロックは、国民の生命・自由・財産を守らない政府は倒してもよいと述べて います。ただ、そういう思いは軽々しく口にしたくありません。北朝鮮の国民がどうするかの問題です。
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『論座』十二月号の編集後記で上丸編集長がつぎのように書いていました(「正論」「諸君!」を『正論』『諸君!』と変えました)。
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今月号では高崎宗司さんに『諸君!』『正論』の北朝鮮関連記事を分析していただいた。筆者も自分で両誌の目次を書き出してみて、その違いに気づいた。『正論』の記事の見だしに比べて、『諸君!』のそれの方が格段に品がないということだ。昨年の日朝首脳会談後に出た十二月号から引くと、「手緩(ぬる)いいぞ ガタガタ抜かすなら締め上げろ!」「こいつらの『二枚舌』を引っこ抜け!“北朝鮮族”の断末魔」…‥。もとよりほんの一例である。『諸君!』という雑誌には「行き過ぎた時代の流れを正しい平衡感覚でとらえ直そうとする編集者の熱い想いがこめられている」(『文藝春秋六十年の歩み』文藝春秋)そうだが、これが、日本の代表的な出版社が発行するオピニオン誌の見だしであるところに「『北朝鮮』の語られ方」のゆがみが端的に示されている気がする。
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こういう微妙な文章にはうかつにコメントしないのが無難というものです。願わくば、わがライバルはネオコン系の『諸君!』よりもリベラル系の『論座』であったほうが、かたちのうえではすっきりすると思っています。もっと『論座』に頑張ってほしいですね。ここで『論座』が踏ん張らないと社民党や共産党が斜 陽化した政界同様、オピニオン誌界も“二大雑誌”時代になってしまいます。
「正論」編集長 大島信三
| 「正論」平成16年1月号 |
編集長メッセージ
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